大洲の視点 ・ 出典: 国土交通省四国地方整備局、愛媛県、四国西予ジオパーク ほか(下に一覧) ・ 約6分で読める
肱川って、海まで直線だと18kmしかないんだ。
なのに103kmもかけて大回りするの。
名前の由来は、ひじみたいに曲がってるからだって。メモう!
3行でいうと調べた資料 11本
「肱川」と一口に言っても、地図を見ると河辺川や小田川、矢落川など、別の名前の川がいくつも合流している。
じゃあ、どこからどこまでが本当の「肱川」なのか。気になって調べてみた。
先に結論から書くと、答えはシンプルだった。源流から河口まで、法律上は全区間がひとつの「肱川」だ。
黒瀬川・河辺川・小田川・矢落川といった支流は、それぞれ合流する地点まで自分の名前を持っていて、合流した瞬間から先は「肱川」の水になる。
本川(肱川)の名前が、途中で他の川の名前に変わることはない。
肱川の源流は、西予市宇和町久保にある鳥坂峠(標高460m)。ここが全長103kmの旅の出発点になる。
面白いのはここからだ。源流のすぐそばには宇和海(太平洋側の海)が広がっているのに、肱川はそちらへは向かわず、宇和盆地をぐるっと迂回しながら、反対側の瀬戸内海(伊予灘)を目指して流れていく。
源流から河口までの直線距離はわずか18kmしかないのに、実際の川の長さは103km。直線の6倍近くも遠回りしていることになる。
国土交通省の資料をもとに、上流から下流に向かって主な合流点を並べてみた。
国土交通省四国地方整備局の資料をもとに作成した模式図(概念図)。合流点の左右の向きや距離間隔は 分かりやすさのためのイメージで、実際の蛇行の形や東西南北とは一致しません。正確な形は下の地図でご確認ください。
模式図だけだと実際の曲がり方が伝わりにくいので、Googleマップも貼っておく。
ズームやスクロールで、宇和盆地からの大きな迂回や、大洲盆地での蛇行ぶりを見てみてほしい。
日本の河川は、法律(河川法)上「一級水系」ごとに1つの水系名がついていて、そのうち一番の 本流を「本川」、そこに合流する川を「支川」と呼ぶ。
「肱川水系」の本川は、源流から河口まで一貫して「肱川」という名前。黒瀬川・河辺川・小田川・ 矢落川などは、すべて肱川水系の「支川」で、それぞれ合流する地点まで自分の名前を保つ。 合流した後は、水は一体になって「肱川」として流れていく、というルールになっている。
なお、源流に近い宇和盆地の一帯では、地元で「宇和川」と呼ばれることもあるようだが、 これは通称・呼び名の話で、法律上の正式名称としては、この区間もあくまで「肱川」に含まれる。
ここまで書いてきた「大きく遠回りして曲がりくねる」という特徴は、実は「肱川」という名前そのものの由来にもなっているらしい。
「肱」は腕の関節、つまり「ひじ」を指す漢字で、ひじを曲げたときのように川が屈曲していることから、この名がついたという説が広く紹介されている。
源流から河口までの直線距離18kmに対して、実際の川の長さが103kmもあるという蛇行ぶりを知ると、この由来にはかなり説得力があると感じる。
ほかに、湿地を意味する古い言葉「ひじ」に由来する説や、大洲城の築城にまつわる人柱伝説(「おひじ」という女性の名前に由来する)も伝わっているが、「肘のように曲がる川」という屈曲由来説が最も広く紹介されている。
調べてみて分かったのは、「肱川」という1本の川に見えて、実は474もの支川を束ねた、とても複雑な水系の集合体だということ。
源流からわずか18kmの場所にある海(宇和海)ではなく、あえて反対側の瀬戸内海を目指して103kmも遠回りする地形が、大洲盆地の水害の多さにも、冬から春にかけての「肱川あらし」という珍しい気象現象にもつながっている。
地形そのものが、大洲という街の成り立ちに関わっているんだと感じた。
源流から河口までをたどる記事だったので、 その川で人が何をしているかも書き足しておきたい。 市議会の会議録を読むと、肱川はほとんど毎回、議題に出てくる川だった。
いちばん大きな区切りが、令和8年の春に来ていた。 議員が定例会の冒頭で、直前に出席した式典を報告している。 肱川激特事業の竣工記念と、肱川治水碑の除幕式である。
平成30年7月の豪雨災害が国から激甚災害に指定され、 激特事業として5年間で肱川の堤防を完成させる取組が進められてきた。 その堤防が、完成した。
続いて「肱川流域治水、都谷川排水機場起工の式典」も行われた。 堤防が終わった日と、次の工事が始まった日が続いている。
その堤防に何が残されたかという話が、いちばん面白かった。
議員は式典で担当のスタッフから話を聞き、2つのことを知ったという。 柚木地区の堤防には、肱川の伝統的な雁木が残されている。 そして小長浜から加世地区の堤防には、カニの通り道として吸い出し防止材が使われている。
雁木は、川岸から水面へ降りる石段のことである。 舟に乗り降りしたり、水を汲んだりするために作られた、川と暮らしをつなぐ設備だ。 103キロを流れる川と、その岸に住んできた人の関係が、そこに形として残っている。
議員は「その小さな心遣いにもとても感動をいたしました」と述べていた。
この記事でたどった支流のうち、河辺川には、いま工事中のものがある。
山鳥坂ダムである。令和8年3月の定例会で、議員が 「計画どおりに進捗すると、令和14年度に完成する」と述べていた。 場所は大洲市肱川町山鳥坂地区。
市長が以前「日本一透明度が高い澄んだ水をたたえる美しいダムになる」と語っていた、 という紹介もあった。
ダムができる水源地域は岩谷地区で、 市の説明では「生活環境が著しく変化し、地域コミュニティーの形成にも大きな影響が生じており、 住民の皆様には、大変御迷惑をおかけしている」状況だという。
そのため平成25年2月に市が地域振興計画を、 同年8月に国土交通省と愛媛県が水源地域整備計画を作っている。 令和6年度からは愛媛大学と国・県・市、地域の団体でつくる山鳥坂ダム水源地域ビジョン検討会が、 流域の将来像を令和14年度までに取りまとめる計画で協議を続けている。
103キロの上流側では、川の形そのものがこれから変わる。 この記事で並べた合流点の図は、 令和14年度以降には少し書き直しが要るかもしれない。
源流の反対側でも、地形が動いている。
肱川が伊予灘に注ぐ長浜で、 長浜港内港埋立事業が進んでいる。 愛媛県で公有水面埋立願書の予備審査が進んでおり、 埋立造成の完了は令和13年度、施設整備まで含めた完了は令和23年度の予定である。
使う土は、松山自動車道の4車線化から出る建設残土と、肱川の河道掘削による土砂だという。
川底を削った土が、河口の海を埋める。 103キロを運ばれてきた土砂が、最後にもう一度動かされて陸になる。 源流から河口までをたどったこの記事に、 その先の話としてはこれ以上ない終わり方だと思う。
この記事をサイトに掲載した日: 2026/08/09