働くということ 能力主義を超えて

本のタイトル
働くということ 「能力主義」を超えて
著者
勅使川原真衣
出版社
集英社新書
読んだ本

能力を測って序列化する社会への違和感

勅使川原真衣『働くということ 「能力主義」を超えて』を読みました。

能力主義が人を追い詰める構造への問題意識から始まる本です。子どもの自殺者数の増加にも触れられていて、重い気持ちで読み進めました。

メリトクラシー(能力主義)・デモクラシー(民主主義)・アリストクラシー(貴族主義)という3つの言葉の整理も勉強になりました。

能力を測って序列化する社会が、時にディストピア的にも見えるという指摘です。

帝国データバンクの「企業が求める人物像アンケート」の順位を書き写しながら、大人自身も持っていない ような能力を、若い世代に求めていないだろうか、という違和感が残りました。

大洲の数字

求人は東京より多いのに、年収は6割です

能力の値段は、どこで働くかで変わります。大洲の数字がそれをはっきり示していました。

令和7年12月の市議会で、議員が数字を並べて質問しています。大洲市の有効求人倍率は令和5年から令和6年で1.45倍から1.55倍。同じ時期の東京都は1.07倍から1.12倍でした。倍率だけを見れば、東京より大洲のほうが人手が足りていません。

それなのに人は出ていきます。理由も同じ質問の中にありました。

東京都の平均年収は471万円に対して、本市の平均年収は292万円と大きな格差が生じており、この収入の格差が都市部へ移住する主な原因となっています

大洲市議会 令和7年12月定例会 会議録

差は179万円。大洲は東京の62%です(471万円と292万円から計算しました)。

仕事は余っている。でも値段が違う。この本が問うている「能力」は、少なくともこの2つの数字の間には入っていません。

同じ「能力」でも、職種で8倍ひらいていました

もうひとつ、能力主義という言葉がぐらつく数字があります。

平成29年6月の市議会で、ハローワーク大洲管内の有効求人倍率が職種別に示されました。建設・採掘が5倍、介護関連が3.45倍。いっぽうで事務的職業は0.6倍でした。

いちばん高い職種といちばん低い職種で、8.3倍の開きがあります(5倍と0.6倍から計算しました)。議員はこれを「業種間で求人と求職が逆転している状況」と表現していました。

同じ人が、同じだけの力を持って就職活動をしても、選んだ職種によって椅子の数が8倍違う。能力を測って序列をつけているつもりでも、実際に効いているのは「たまたまどの列に並んだか」のほうが大きい、ということになります。

新卒はもっとはっきりしています。平成29年3月卒業者について、管内の求人数179人に対して求職申込者数は59人でした。求人の3分の1しか、地元で就職を希望していません。

能力を発揮する場そのものが、40年で入れ替わりました

そもそも、大洲で「働く」という言葉の中身が変わっています。

国勢調査9回・40年分を並べた自由研究で調べたところ、1980年に農業をしていた人は8,058人いました。2020年は1,900人です。76%減りました。いま大洲でいちばん多い仕事は医療・福祉の3,497人です。製造業も1990年の5,350人がピークで、2020年は2,293人。57%減っています。

就業者の総数は29,467人から19,258人へ、34.6%減りました。

面白いのは第3次産業です。1980年が12,564人、2020年が12,480人。40年で84人しか減っていません。就業者が1万人減ったぶんは、ほぼそっくり第1次産業と第2次産業から出ています。

年齢の偏りも数字になっていました。平成30年3月の市議会の答弁によれば、平成27年国勢調査での建設業の就業者は、55歳以上が43.11%、29歳以下は8.5%。「大人自身も持っていない能力を若い世代に求めていないか」という違和感の手前に、そもそも若い世代が現場にいない、という状態があります。

評価の話の手前に、発注の話がありました

この本を読んだあとにいちばん引っかかったのは、令和7年12月の質問の続きでした。

議員は、地方では経済に占める官公需(役所からの発注)の割合が都市部より高く、発注する価格や取引の仕方が、最終的に受注した企業で働く人の給与に効いている、と述べています。そのうえで具体例を挙げました。市の水道課が出した2,000万円程度の工事に、20者を指名して入札させている、と。国や県では2者から5者程度が普通だ、というのが比較の材料でした。

政府が中小企業・小規模事業者の賃金向上5か年計画案を出していて、その最初の項目が「官公需の価格転嫁・取引適正化」だ、という文脈での話です。

誰にいくら払うかは、能力を測って決まっているように見えて、その手前にある発注の設計で相当決まっている。本を読んだあとにこの答弁を読むと、「能力主義を超えて」という副題が、評価表の話だけではないことがよく分かります。

大洲とつながったこと

「わかりやすい実績」だけが能力なのか

「能力を評価する」という仕組みは、大洲市にもあります。たとえば大洲市きらめき大賞表彰規則 は、国際規模の大会での活躍や、全国規模の大会での優勝・準優勝など、競技・コンクール系の実績を 挙げた個人を表彰する制度です。

こうした「わかりやすい実績」を評価する仕組みは大事な一方、この本を読んだあとだと、それだけが「能力」なのだろうかと考えてしまいます。

派手な実績がなくても、地域を支えている人はたくさんいるはずです。

能力主義を超えた先にある評価の形を、大洲でも考えてみたいテーマです。