2026/08/17 ・ 大洲と読書
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読みました。「暇」「好きなこと」とは何か、という問いから始まる本です。
イギリスの哲学者バートランド・ラッセルの逆説が紹介されていました。
自分の才能を発揮する場所がない若者は不幸に陥りがちで、社会がすでに完成していると感じると、努力すべき道が見えず不幸になる、という話です。
「人類は豊かさを目指してきたのに、なぜ豊かさを喜べないのか?」という問いを赤で囲んで強調していました。
豊かになって生まれた余裕を、何に使えばいいのか分からない。この感覚には強く共感しました。
少ないと思っていたので、数えてみました。そうしたら、そんなことはありませんでした。
平成29年12月の市議会で、市の教育委員会がこう答えています。中央公民館と23地区の公民館で「各種学級講座」を開設していて、平成28年度は93学級講座、延べ976回開かれた、と。
976回を52週で割ると、週に18.8回です。料理でも、健康体操でも、郷土史でも、名前はぜんぶ「学級」でした。市内のどこかで、ほぼ毎日3回近く、誰かが暇の使い方を持ち寄っていた計算になります。
少なかったのではなく、たぶん見えていなかっただけでした。
いま、その公民館はありません。令和6年4月1日に、市内全域でコミュニティセンターへ移行したからです。学級講座も「地域の学び事業」という名前になりました。
お金の配り方も変わりました。令和6年度からは、年15回・30時間の事業を行うことを基準に、各自治会へ一律25万円。20回以上やって経費が上回れば、翌年度に上限15万円を足して最大40万円まで、という仕組みです。
なぜ公民館と自治会を一つにしたのか。市の答弁は、身も蓋もない理由でした。
自治会と公民館は、人づくり、地域づくりなど、共通の目的・目標を持つ組織であり(中略)高齢化や人口減少をはじめ、役員の成り手不足、参加者の減少、固定化など、同じような課題を抱えているのが現状でございます
大洲市議会 令和5年3月定例会 会議録 久保明敬総合政策部長
「暇の使い方」を教える側も、人手が足りなくなっていた、ということです。
ものさしが変わったので、平成28年度の976回とはそのまま比べられません。それでも並べておきます。基準の年15回を市内30自治会がこなすと450回。20回以上やって上限まで取っても600回です。15回は下限であって上限ではありませんが、それでも数えられる基準の高さは、976回よりだいぶ低いところに置かれました。
かかっているお金も書いておきます。自治会へ配る地域振興一括交付金は、令和6年度決算で総額2億478万3,000円でした。30自治会で割ると、1自治会あたり約682万円になります(学びの事業だけでなく、区長業務や自主防災も含んだ額です)。
もうひとつ、静かな数字があります。図書館が公民館などへ本をまとめて届ける「巡回文庫」の実績です。
平成27年度、一般文庫を配っていた16施設で、実際に借りた人は133人でした。1施設あたり8.3人です。延べでも578人、1施設あたり36.1人。市自身が「利用者が少ない施設もございます」と答えています。
肱川と河辺では、希望する家庭に5〜7冊ずつ届ける「おはなし文庫」もありました。肱川は18家庭に年8回、河辺は4家庭に年12回です。
本は、届いてはいました。届いた先で開かれる回数のほうが、少なかったという形です。
コミュニティセンターは、令和9年度から指定管理者制度に移る準備が進んでいます。管理するのは市ではなく、その地区の自治会です。役員手当相当分は48万円から70万円へ、職員数の基準も2.5人から3人へ引き上げられました。
何をやるかを、地域が自分で決める形に近づいています。
ただ、決める側の人数も減っています。令和7年10月末時点で、市内30自治会のうち11の自治会が高齢化率50%以上、5つが45%以上でした。3分の1が、いわゆる限界集落の定義に届いています。
余った時間をどう使うかを自分たちで決められるようになるのと、決める人が減っていくのが、同じ時期に重なっている。ラッセルの逆説を大洲に置き直すと、たぶんこういう形になります。
大洲での「暇」の過ごし方を考えてみると、実は選択肢は少なくないと気づきます。
肱川沿いを歩く、図書館で過ごす、城下町を歩く。ただ、「暇の使い方」を教えてくれる場所は、意外と少ないようにも思います。
豊かさそのものより、豊かさをどう使うかを考えることの方が難しい。
この本を読んで、大洲での自分の余暇の過ごし方を、もう一度見直したくなりました。