大洲の視点 ・ 出典: 大洲市令和8年度当初予算/大洲市統計書/総合計画進捗状況/藤本(2009)/日本経済新聞 ・ 約11分で読める
「土地が安ければ大きな会社が来る」って本当かな、と思って調べたんよ。
答えは、そうならない。
大洲は平らな市街地が全体の0.3%しかないの。
3行でいうと調べた資料 14本
この記事は特定の候補者・政党を支持・批判するものではありません。「企業誘致で雇用を作る」という話が経済・行政学的にどこまで現実的かを、公開データと事例から検証します。
「企業を誘致して若者の雇用を作る」という言葉は、選挙のたびに聞く。でも、それって本気なのかと思う人は少なくないと思う。
大企業が大洲に工場を建てるメリットは何か。地価が安い、補助金が出る。それだけで来るのだろうか。
結論から書く。「安い土地と補助金」だけで大企業が来るという図式は、全国のデータや事例を調べる限り成り立たない。
ただし調べる過程で、大洲市が実際にやっていることの中身が、想像とかなり違うことも分かった。順に見ていきたい。
まず、市が今どのくらいのお金を企業誘致に使っているのかを確かめた。
令和8年度当初予算の概要を開いたら、思っていたのと違うものが出てきた。
予算に「企業誘致事業 532万4千円」という項目がある。桁が小さすぎて二度見した。中身の説明はこうだ。
「小売店舗立地促進事業補助金 4,500千円。買い物困難者等の買物機会を確保していくために、小売店舗の新規出店に対して補助金を交付します。(ドラックストア1件、コンビニエンスストア1件)」
大洲市の予算書で「企業誘致事業」と呼ばれているのは、工場を呼ぶ事業ではなく、買い物難民対策としてドラッグストアとコンビニの出店を支援する事業だった。金額は450万円で、対象は2件である。
では工場のほうはどこにあるのか。別枠に、はるかに大きい項目があった。
| 事業名 | 令和8年度当初予算 | 内容 |
|---|---|---|
| 企業立地促進奨励金 | 1億3,187万4千円 | 用地取得・造成奨励金、立地促進奨励金、事業用資産賃借奨励金、雇用促進奨励金。交付対象:10事業者 |
| 企業誘致事業 | 532万4千円 | 小売店舗立地促進事業補助金450万円ほか |
| 中小零細企業振興事業 | 2,430万6千円 | 中小企業者・小規模事業者応援事業補助金2,280万円ほか |
| 官民共創推進拠点施設運営事業 | 1,157万8千円 | 高校生起業家育成業務委託料654万8千円ほか |
企業立地促進奨励金の交付対象は10事業者。以前この記事を書いたときは「制度を実際に何社が使ったかという交付実績は見つけられなかった」と書いたが、予算書の事業説明にはっきり書かれていた。
制度の根拠は大洲市企業立地促進条例で、対象業種は製造業・情報通信業・運輸業・卸売業・宿泊業・医療・福祉など幅広い。
奨励金の上限は「固定資産評価額×2(土地取得の場合)」のような式で決まる。
年1億3千万円を10事業者に配っている。1社あたり平均1,319万円。
これが大洲市の企業誘致の実弾規模である。決して何もしていないわけではないが、後で出てくる菊陽町の数字とは桁が違う。
成果のほうも確認した。以前は「総合計画で誘致企業0社・D評価」という記述の出典にたどり着けず、宿題として残していた。今回、市が公表している進捗状況PDFで該当箇所を見つけた。
| 指標 | 基準値(令和2年度) | 令和4年度 | 令和5年度 | 令和6年度 | 目標(令和8年度) | 令和6年度評価 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 誘致・留置企業数 | 5社 | 2社 | 0社 | 3社 | 3社 | A |
| 新規雇用者数(企業立地促進条例) | 0人 | 4人 | 0人 | 16人 | 26人 | B |
| 事業承継支援者数 | 8事業者 | 5事業者 | 1事業者 | 0事業者 | 5事業者 | D |
「誘致企業0社」は令和5年度の数字だった。令和6年度は3社で目標をちょうど達成し、A評価になっている。
新規雇用者数も0人から16人へ回復した。1年古い数字だけを取り出すと、逆の印象になる。年度をそろえて見る必要がある。
ただし基準値の令和2年度は5社なので、3社は基準を下回っている。
目標値の設定そのものが、基準値より低い。そして事業承継支援者数は令和6年度に0事業者まで落ちてD評価だ。
進捗状況の全体像は大洲市総合計画、132項目のうち34項目がD評価。3年連続で後退したのは23項目に書いた。
ここからが本題だ。大洲市と同じくらいの人口規模の自治体が、実際に大企業の工場誘致に成功した例はあるのか。
ある。熊本県菊陽町だ。
TSMCの日本子会社(JASM)が進出を発表した2021年11月時点で、菊陽町の人口は約43,000~44,000人。
大洲市(2020年国勢調査で40,575人)とほぼ同規模だった。
今回調べた中で、これほど人口規模が近い比較対象は他になかった。
その後どうなったか。菊陽町の公式サイトによると、令和8年7月末の人口は44,365人(20,423世帯)。
同じ時点の大洲市は37,725人(19,227世帯)である。
5年前はほぼ並んでいた2つの自治体が、今は6,640人の差になっている。
投資規模も雇用も桁違いだ。
町税収147億円という数字は、大洲市と比べると重い。大洲市の令和8年度当初予算の市税は49億2,288万3千円。
人口がほぼ同じ自治体の間で、自前の税収に3倍の開きがついた。
これだけ見ると「やっぱり企業誘致で町は変わる」と思えてくる。でも、なぜ菊陽町だったのかを見ると、話はそう単純ではない。
報道や分析を総合すると、理由は主に4つ挙げられる。
この4つは、どれも「安い土地と補助金」では作れない。既存の産業集積、地下水、電力、国家戦略。菊陽町自身の営業努力ではなく、もともとそこにあった条件だ。
同じことは北海道千歳市(人口約97,000人)のRapidus進出にもあてはまる。
新千歳空港への近接、既存の工業団地、そして何より国家の最先端半導体国産化戦略という背景があった。
では大洲市に、その手の条件はあるのか。以前は「大洲市の可住地面積の比率は確認できなかった」と書いたが、大洲市統計書(令和7年版)の「Ⅰ 基本指標」に載っていた。
| 項目 | 大洲市 | 愛媛県計 |
|---|---|---|
| 総面積 | 432.12km² | 5,675.89km² |
| 林野面積 | 315.15km² | 4,010.18km² |
| 可住地面積 | 116.97km² | 1,665.71km² |
| 可住地面積割合 | 27.1% | 29.3% |
| 人口集中地区(DID)面積 | 1.4km² | 157.4km² |
| DID面積割合 | 0.3% | 2.8% |
大洲市の面積の73%は山林である。可住地は116.97km²しかなく、その中に農地46.19km²と宅地9.22km²が含まれる(令和5年、主な地目別土地面積)。
もっと厳しいのがDID面積だ。人口集中地区、いわゆる市街地と呼べる範囲は1.4km²。総面積の0.3%しかない。愛媛県平均の2.8%と比べても、9分の1である。
1.4km²というのは、1.2km四方くらいの広さだ。大洲市には、市街地と呼べる場所がその程度しかない。
この数字が効いてくるのは、後で出てくる学術データと突き合わせたときだ。
企業が立地を選ぶとき、一番重視するのが「用地面積の確保しやすさ」だからである。
「条件が揃えば来る」という話でもない。国家戦略と巨額補助金が揃っていても、最後の最後で崩れた例がある。
2023年10月、宮城県大衡村の工業団地に、台湾のPSMCとSBIホールディングスが約8,000億円を投じる半導体工場計画を発表した。ところが2024年9月、着工前に計画が白紙撤回になった。
理由は、国の補助金交付条件として求められた「10年以上の量産継続義務」が、台湾側の法令やPSMCの事業判断と抵触したためとされる。
国レベルの巨額補助金と好条件が揃っていても、企業側の事情で土壇場で崩れる。
これが令和の日本で実際に起きたことだというのは、重く受け止めたい。誘致は、決まってから稼働するまでの間にも消える。
ここまでが「安い土地と補助金では来ない」という話。
じゃあ会社は何を見て決めてるのか。ここからが本題。
事例ではなく、学術データを見る。
日本計画行政学会の論文(藤本和弘「企業誘致の手法と成功要因に関する事例研究」、2009年)は、経済産業省の工場立地動向調査を分析し、企業が立地を選ぶ理由の全国集計を明らかにしている。
重視される順番はこうだった。
1位が「用地面積の確保しやすさ」である。先ほどの数字と重ねると、大洲市の立ち位置がはっきりする。
可住地27.1%、市街地0.3%。企業が一番重視する条件で、地形的に不利な側にいる。
土地・市場近接性という「地域がもともと持っているかどうか」の条件が土台にあり、補助金はその上に乗る後押しにすぎないというのが、企業自身の回答から見えてくる構造だ。
経済産業研究所(RIETI)の戸堂康之氏の論考も、別の角度から同じことを裏付けている。
先端的な企業は、補助金をもらっても技術・情報が集まる産業集積地を離れたがらない。地方に来たのは概してローテクな企業だったという。
もうひとつ、補助金という手段そのものの限界がある。
この種の補助金制度は、ほぼ全国の都道府県と多くの市町村が持っている。
一般財団法人日本立地センターが全国の制度を一覧化していること自体が、これが日本中で標準装備になっていることを示す。
上限額は自治体によって2億円から90億円まで幅がある。この幅の広さが問題で、「補助金があること」は差別化にならず、「どれだけ大きい額を出せるか」の体力勝負になる。その土俵では、税収基盤の大きい自治体が有利になる。
大洲市の企業立地促進奨励金は年1億3,187万4千円で10事業者。制度としては持っているが、体力勝負に出られる規模ではない。
ウクライナ侵攻以降、製造業の国内回帰の機運は全国的に高まっている(経済産業省「令和6年版通商白書」)。この波に乗れないのか。
今回確認できた具体例は、TSMC熊本、Rapidus千歳、キオクシア北上工場など、いずれも国の経済安全保障政策としての巨大プロジェクトだった。
特別な戦略資産(既存の同業集積、特殊な自然資源、大学研究機関、国家プロジェクトの指定)を持たない地方都市が、この流れから自然に恩恵を受けることを裏付ける事例は、今回見つけられなかった。見つからなかったことを、そのまま書いておく。
2026年4月には、観光地域づくり法人「キタ・マネジメント」、大阪の「バリューマネジメント株式会社」、「株式会社伊予銀行」の3者連携で「OZU 555 PROJECT」が始動した。
2030年までに「5つの先進事例・50の事業者誘致・育成・500人の雇用創出」を目指すという。
ここで注意したいのは、この「50社・500人」が大企業の工場誘致ではないことだ。
公式サイトを読む限り、「ものづくり」「デジタル・AI」分野の小規模事業者・クリエイター・スタートアップの誘致と育成を想定しているように読める。予算額や具体的な支援内容の記載は見当たらなかった。
「大企業の工場が来る」というイメージと、実際の計画の中身は、最初からレイヤーが違う。
予算のほうも同じことを示している。企業誘致事業532万4千円の中身がコンビニとドラッグストア、官民共創推進拠点施設運営事業1,157万8千円の中身が高校生の起業家育成。
市が実際にお金を出しているのは、大工場ではなく「小さい事業者を増やす」方向だ。
調べる前は「絵空事」という直感に近い結論になると思っていた。調べてみると、もう少し複雑だった。
菊陽町の例は、大洲市とほぼ同じ人口規模の町が実際に巨大企業を呼び込めたという「不可能ではない」証拠ではある。
ただしそれは、既存の産業集積・特殊な地下水資源・国家の経済安全保障戦略という、大洲市が今から作り出せない条件が揃った上での話だった。
藤本(2009)の論文で一番腑に落ちたのは、「補助金は決め手ではなく後押し」という整理だ。
大洲市が今後どれだけ手厚い制度を用意しても、企業が本当に重視する「用地の広さ」「市場への近さ」「関連企業への近さ」という土台条件を、地形的に作り出すのは簡単ではない。
可住地27.1%、市街地0.3%という数字が、それを裏付けている。
だからといって、今やっていることが無意味だとは思わない。むしろ大工場ではなく小規模な事業者やクリエイターの誘致・育成という、身の丈にあった目標設定に見える。
年1億3千万円の奨励金を10事業者に配り、誘致企業数は令和6年度に目標の3社を達成した。派手ではないが、動いてはいる。
問題は言葉のほうだと思う。「企業誘致で若者の雇用を」という言葉が独り歩きすると、聞いた人は工場を思い浮かべる。実際に動いているのは、コンビニ2件と、10事業者への奨励金と、高校生の起業家育成だ。
どちらが正しいという話ではなく、市民が「実際に何を、どれくらいの規模で目指しているのか」を具体的な数字で追えるようになることのほうが大事だと、調べ終えて改めて思った。
この記事をサイトに掲載した日: 2026/08/18