大洲の自由研究 #21
長浜の海沿いに、こんな名前のバス停がある。「旧浜バス停」。「旧沖浦バス停」。「旧海岸通バス停」。「旧長浜農協前バス停」。 「旧」が付いている。バス停の名前に、である。 2025年3月31日に路線バスが廃止され、その停留所を予約制の車がそのまま使っている。だから「旧」が付く[24]。 消えた路線の名残が、時刻表の中に化石のように残っている。
「バスが減った」という話は、誰でも一度は聞いたことがあると思う。 だが、どの路線が、いつ、なぜ消えたのかを路線名で言える人は、たぶん多くない。私も言えなかった。 だから数えることにした。
長浜に「旧浜バス停」いうバス停があるんよ。バス停の名前に「旧」が付いとる。
大洲のバス27系統を追いかけたら、そのまま残っとったんは6つだけやった。
完全に消えたんが3つ。
使ったのは、大洲市が出している2冊の計画書である[3]。
大洲市地域公共交通網形成計画(2018年3月)[2]と、 大洲市地域公共交通計画(2023年3月)[1]。 この2冊には「各公共交通のサービス水準の現状」という表がある。 市内を走っている交通機関を、路線名・運行回数・運営主体まで書き出した一覧表だ。 2018年の計画は2017年8月時点、2023年の計画は2022年10月時点をとらえている。
この表の行を1つずつ、2026年8月時点まで追いかけた。 2018年の表には30行ある。ここからJR予讃線の2行と青島航路の1行を除いた。残りは27。これが今回の分母である。
数え方でつまずいた点を先に書いておく。 計画書の「運行回数」は片道を0.5回として数えた平日の回数である。つまり「11.0」は平日の片道22便を意味する。 この記事でもその流儀に合わせた。ただし後で自分で時刻表から数え直した数字は、市の集計方法と完全に同じかどうかを確認できていない。そこは正直に書く。
もう1つ。市の表は「路線」と「系統」を厳密には分けていない。 ぐるりんおおずは右回りと左回りの2ルートあるが1行である。 逆に南久米地区のデマンド型交通は北裏線と横野線の2路線あるが、これも1行にまとまっている年がある。 だから27という数は「市の表の行数」であって、道路運送法上の路線数ではない。
結果を先に出す。
| 2018年の計画に載っていた系統 | 事業者 | 2026年8月の状況 |
|---|---|---|
| 三崎・大洲〜松山(特急) | 伊予鉄道 | 残っているが大幅減便(3.0→1.0) |
| 宇和島・大洲〜松山(特急・急行) | 宇和島自動車 | 残っているが減便(16.0→12.0) |
| 松山空港シャトルバス | 肱南観光バス→肱南トラベル | 2025年9月1日から運休 |
| 八幡浜〜長浜 | 伊予鉄南予バス | 残っているが大幅減便(11.0→7.0) |
| 宇和島〜大洲 | 宇和島自動車 | 2023年の計画の表から消えている |
| 野村〜大洲 | 宇和島自動車 | 残っている |
| 鹿野川〜大洲 | 宇和島自動車 | 残っている(1日4便) |
| 磯崎〜長浜 | 伊予鉄南予バス | 2025年3月31日廃止 |
| ぐるりんおおず | 肱南観光バス | 事業者が撤退。2019年1月11日に伊予鉄南予バスで再開 |
| 市営 河辺〜鹿野川 | 大洲市 | 2024年度に登録・予約型へ |
| 市営 予子林1178(大成〜鹿野川) | 大洲市 | 統合ののちデマンドへ |
| 市営 無償バス(大成〜植松) | 大洲市 | デマンドへ |
| 大洲地域福祉バス | 大洲市 | 5路線すべてデマンドへ |
| 健康行バス(肱川地域) | 大洲市 | 肱川地域のデマンドへ |
| 外出支援サービス「あい愛」 | 大洲市 | 現状を確認できなかった |
| ほたる号(柳沢〜新谷) | 大洲市 | 柳沢・新谷地区のデマンドへ |
| あきば号(柳沢〜新谷) | 大洲市 | 柳沢・新谷地区のデマンドへ |
| 菅田・大川地区 空時間利用 | 大洲市 | 大川・菅田地区のデマンドへ |
| 長浜1号(豊茂〜長浜小中) | 大洲市 | 豊茂地区のデマンドへ |
| とよしげ号(豊茂〜長浜小中) | 大洲市 | 豊茂地区のデマンドへ |
| 豊茂地区 空時間利用 | 大洲市 | 豊茂地区のデマンドへ |
| 正山きぼう号(中居谷〜鳥首) | 大洲市 | 肱川地域のデマンドへ |
| 正山ゆめ号(中居谷〜鹿野川) | 大洲市 | 肱川地域のデマンドへ |
| あおぞら号(白石〜鹿野川) | 大洲市 | 肱川地域のデマンドへ |
| 予子林号(予子林〜鹿野川) | 大洲市 | 2022年の計画で大成・予子林〜鹿野川に統合 |
| 河辺1号(用の山〜植松) | 大洲市 | 河辺地域のデマンドへ |
| 河辺2号(川上・大成〜植松) | 大洲市 | 河辺地域のデマンドへ |
表1: 2018年の計画の27系統のいま(2026年8月時点・独自調査)[1][2][4]
| 状態 | 数 |
|---|---|
| そのまま残っている | 6 |
| 廃止・運休して、直通の代わりが無い | 3 |
| デマンド型交通に置き換わった(統合を経たものを含む) | 17 |
| 現状を確認できなかった | 1 |
| 合計 | 27 |
表2: 27系統の内訳(独自集計)
図1: 大洲市のバスはどこを走り、どこから消えたか。線は道路上の経路ではなく、結びつきを示す模式
そのまま残っているのは6つ。しかもそのうち3つは大きく減便し、1つは運行会社が入れ替わっている。
減便の実例を1つ挙げる。松山と三崎を結ぶ「八幡浜・三崎特急線」は、大洲市内の松ヶ花・東大洲・大洲駅前・大洲本町・大洲営業所・平野などを通る。 2024年10月15日改正の時刻表を見ると、この路線は1日4便走っている。だがそのうち大洲市内を通るのは2便だけだ[29]。 松山市駅を11時50分に出る三崎行きと、三崎港口を6時42分に出る松山行きである。残る2便は八幡浜が起終点で、大洲には来ない。
2022年10月時点でこの路線は3.0(平日の片道6便)と記録されている[1]。それが片道2便になった。
デマンドに置き換わったものは「形が変わった」に過ぎない。だが、代わりが用意されなかった路線が3つある。
1つ目は、伊予鉄南予バスの磯崎〜長浜線である。 大洲市長浜地域と八幡浜市保内町磯崎を結んでいた。愛媛新聞は2025年3月31日、「暮らし支えた路線に感謝」という見出しで、 出海地区の最終便を見送る様子を報じている[31]。
代わりに走り出したのが、冒頭で触れた出海・櫛生地区のデマンド型交通だ[24]。 ただし行き先は長浜地域までで、八幡浜市保内町の磯崎までは行かない。 大洲市の海沿いから隣の八幡浜市へ、乗り換えなしで出る手段は無くなった。
市長は2025年3月の定例会で、この廃止についてこう述べている[5]。 「市内のバス路線の一部が廃止されますことは大変残念ではありますが、長年にわたり長浜町出海地区、櫛生地区と中心部を結ぶ交通手段として運行いただいた伊予鉄南予バス株式会社の皆様には心より感謝申し上げます」。
2つ目は、松山空港へのリムジンバスである。 肱南観光バスが「松山空港シャトルバス」として走らせ、のちに肱南トラベルに移った。八幡浜・大洲・内子と松山空港を結んでいた。 2018年の計画では平日7.5回(片道15便)、2023年の計画では4.0回(片道8便)と、5年で本数がほぼ半分になっている[1][2]。
そして肱南観光グループの公式サイトには、いまこう書かれている[23]。 「運休のお知らせ 令和7年9月1日より運休いたします。ご注意ください」。 更新履歴を見ると、2025年8月20日にこの告知が出ている。その前の履歴は2021年1月の「減便にて運行になります」だ。 減便のあとに運休が来た。この記事を書いている2026年8月末の時点で、再開日の記載は無い。 大洲から松山空港へバスで直行する手段は、いま無い。
3つ目は、宇和島自動車の宇和島〜大洲線である。 2018年の計画には平日1.0回(片道2便)で載っていた。ところが2023年の計画の同じ表には、この行が無い。 松山〜宇和島の特急・急行に吸収されたのか、単純に廃止されたのかは、公表資料からは判断できなかった。 ここは分からなかったこととして残しておく。
2018年の計画には、路線ごとの年間利用者数が11年分載っている[2]。これがこの記事でいちばん価値のあるデータだと思う。
図2: 路線別の年間利用者数(2006〜2016年度)。増えているのはぐるりんおおずだけ
| 年度 | 宇和島自動車 鹿野川線 | 宇和島自動車 大洲〜宇和島 | 宇和島自動車 野村〜大洲 | 伊予鉄南予バス 八幡浜・長浜線 | 伊予鉄南予バス 磯崎線 | ぐるりんおおず | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | 69,228 | 7,828 | 9,002 | 96,431 | 81,960 | − | 264,449 |
| 2007 | 61,574 | 9,225 | 9,960 | 90,482 | 76,287 | − | 247,528 |
| 2008 | 53,952 | 7,961 | 8,229 | 79,116 | 70,767 | 7,167 | 227,192 |
| 2009 | 43,432 | 8,433 | 8,113 | 63,798 | 64,272 | 38,626 | 226,674 |
| 2010 | 36,868 | 7,158 | 7,847 | 54,107 | 55,832 | 64,907 | 226,719 |
| 2011 | 30,569 | 6,931 | 6,571 | 50,569 | 53,351 | 72,882 | 220,873 |
| 2012 | 27,727 | 6,983 | 5,821 | 44,575 | 42,087 | 74,756 | 201,949 |
| 2013 | 21,083 | 8,423 | 6,035 | 44,103 | 37,858 | 79,440 | 196,942 |
| 2014 | 15,946 | 7,540 | 5,627 | 40,196 | 38,660 | 83,495 | 191,464 |
| 2015 | 14,010 | 5,730 | 5,131 | 34,009 | 31,971 | 77,070 | 167,921 |
| 2016 | 15,270 | 3,930 | 4,829 | 30,346 | 31,249 | 72,477 | 158,101 |
このデータはグラフから読み取ったものなので、各年の合計が本当に合うかを全年で検算した。11年すべて一致している。
読み取れることが3つある。
1つ目。鹿野川線の落ち方が異常である。2006年度の69,228人が、2016年度には15,270人になった。10年で78%減。 肱川・河辺地域と市内中心部を結ぶ路線で、いまも「肱川、河辺地域から市内中心部までの唯一の交通機関」と市が議会で説明している路線だ[7]。 その唯一の路線が、10年で5分の1になった。
2つ目。磯崎線と八幡浜・長浜線も、それぞれ6割以上減っている。 磯崎線は81,960人から31,249人へ。八幡浜・長浜線は96,431人から30,346人へ。磯崎線はこのあと2025年に廃止された。
3つ目。増えているのはぐるりんおおずだけである。2008年度に走り出して、2014年度に83,495人まで伸びた[28]。 市内中心部を回る循環バスだけが客を増やし、周辺部へ延びる路線が落ちた。 大洲のバスは、外側から順に細っていった。
2016年度以降も市の資料で追える[1]。合計だけを並べるとこうなる。
| 年度 | 民間バス路線の年間利用者数(広域路線を除く) |
|---|---|
| 2016 | 158,101 |
| 2017 | 119,381 |
| 2018 | 98,084 |
| 2019 | 113,279 |
| 2020 | 92,385 |
| 2021 | 91,111 |
表4: 2016年度以降の合計[1]
15年で264,449人が91,111人になった。3分の1である。 2018年度の落ち込みには7月の豪雨災害が、2020年度以降には新型コロナウイルスの影響が重なっている。
なお2016年度から2021年度は事業者別の内訳も出ているのだが、伊予鉄南予バスの2017年度の数字だけが前後の年と大きく食い違っていて、 理由が資料から分からなかった。だからここでは合計だけを使っている。
ここまでは大洲の話である。だが同じことは全国で起きている。そして、そのきっかけになった日付をはっきり特定できる。
2002年(平成14年)2月1日。改正道路運送法が施行された日だ[17]。 この日、乗合バスの需給調整規制が廃止された。
改正の内容を、当時の国土交通省自動車交通局旅客課長が運輸政策研究機構の雑誌でこう説明している[17]。 「改正道路運送法の最大のポイントは、需給調整規制を廃止して従来の事業区域ごとの免許制から全国一本の許可制に変わったことにあります」。
生活者にとって効いたのは、参入より退出のほうである。 それまで路線をやめるには国の許可が要った。改正後は届け出れば足りるようになった。 いまの条文はこうなっている。道路運送法第15条の2第1項[16]。
路線定期運行を行う一般乗合旅客自動車運送事業者は、路線(路線定期運行に係るものに限る。)の休止又は廃止に係る事業計画の変更をしようとするときは、その六月前(旅客の利便を阻害しないと認められる国土交通省令で定める場合にあつては、その三十日前)までに、その旨を国土交通大臣に届け出なければならない。
「六月前までに届け出る」。それだけである。国が「やめてはいけない」と止める仕組みは、条文の中に無い。 同じ条文の第2項で国土交通大臣が関係地方公共団体と利害関係人の意見を聴くことにはなっているが、 聴いた結果として廃止が取り消される規定は書かれていない。
つまり2002年2月1日を境に、赤字路線を残すかどうかの判断は、事業者の経営判断と、自治体が補助金を出すかどうかに移った。 大洲市が路線バスに補助金を出し続けているのは、この構造の帰結である。
国土交通省は「乗合バス路線の廃止状況の推移」という表を公表している[18]。 各年度に届出のあった廃止キロの合計だ。
図3: 全国の乗合バス廃止キロ。ピークは規制緩和の6年後、2008年度の19,811km
| 年度 | 廃止キロ(km) |
|---|---|
| 1970 | 2,777 |
| 1975 | 2,086 |
| 1980 | 1,189 |
| 1985 | 3,836 |
| 1990 | 3,524 |
| 1995 | 5,544 |
| 2000 | 9,027 |
| 2001 | 10,293 |
| 2002 | 8,320 |
| 2003 | 8,217 |
| 2004 | 7,180 |
| 2005 | 8,087 |
| 2006 | 11,989 |
| 2007 | 14,336 |
| 2008 | 19,811 |
| 2009 | 11,159 |
| 2010 | 10,916 |
| 2011 | 7,458 |
| 2012 | 7,400 |
| 2013 | 8,419 |
| 2014 | 8,875 |
| 2015 | 7,318 |
| 2016 | 7,488 |
| 2017 | 5,487 |
| 2018 | 7,763 |
| 2019 | 7,691 |
| 2020 | 13,785 |
| 2021 | 8,289 |
| 2022 | 9,814 |
| 2023 | 8,617 |
この表を見て、私は自分の見立てを一度修正した。 規制緩和の2002年に廃止キロが跳ね上がったわけではない。 平成13年度(2001年度)の10,293kmから、平成14年度(2002年度)は8,320kmへむしろ減っている。 跳ねたのは平成18〜20年度で、ピークは平成20年度(2008年度)の19,811kmだ。 昭和55年度が1,189kmだったことと比べると、この年は16倍である。
ただし、この表には注が付いている。「廃止キロは、乗せ替え等に伴う廃止を含む各年度の1年間に届出のあった廃止キロの合計である」。 路線の付け替えで一度廃止扱いになったものも入る。だから「これだけの距離が無くなった」と単純には読めない。 制度が変わって届出という形で全部見えるようになった、という面もある。そこは慎重に読む必要がある。
それでも、昭和50年度が2,086km、昭和55年度が1,189kmだったのに対し、平成12年度以降はほとんどの年で7,000kmを超えている。 桁がひとつ違う。大洲で起きたことは、全国で起きたことの一部である。
大洲市はいま、10地区でデマンド型交通を走らせている[4]。 前日16時までに電話で予約すると、決められた乗降場所を回る。 制度の説明は別の記事に譲る。ここで並べたいのは、どの路線がどこに引き継がれたかの対応表だ。
福祉バスの路線名がそのままデマンドの路線名になっている地区がある。 大川・菅田地区のデマンドには「蔵川線」があり、これは福祉バスの蔵川線と同じ名前だ[25]。 名前だけが引き継がれて、乗り物と乗り方が変わった。
そして、その福祉バスがそもそも何だったかというと、これも代替だった。2009年6月の市議会で、市はこう説明している[9]。 「大洲地区の福祉バスにつきましては、定期バス路線の廃止に伴い公共交通手段のなくなった地域に対して福祉の増進を図ることを目的として総合福祉センターまでの送迎を行っております」。
つまり大洲の周辺部は、路線バス → 福祉バス(またはスクールバスの住民利用) → デマンド型交通という二段階の置き換えを経ている[8]。 いま消えつつあるのは、すでに一度消えた路線の代役なのだ。
山側も同じである。2024年3月の市議会で、肱川・河辺の定期路線を予約型に変える条例改正が議題になった。 反対討論に立った議員の言葉が、この地域の交通の来歴をよく表している[6]。 「この路線は、河辺村から肱川町経由の路線であり、2つの自治体がこれまで協力しながら、国鉄バスの廃止以後守ってきました」。
国鉄バスがいつ大洲から撤退したのかは、今回の調べでは特定できなかった。 だが、旧河辺村と旧肱川町が自前のバスでその穴を埋め、合併後の大洲市がそれを引き継ぎ、2024年度に予約制へ切り替えた——という流れは、議会の記録から読み取れる。
置き換えの前後で、利用者の負担と便利さはどうなったか。3つのケースで並べる。
| 旧・磯崎〜長浜線 | 現・出海長浜線(デマンド) | |
|---|---|---|
| 便数 | 平日 片道13便(2022年10月時点) | 平日 4往復=片道8便 |
| 運賃 | 区間制 | 地区外300円・地区内150円 |
| 予約 | 不要 | 前日16時まで必要 |
| 行き先 | 八幡浜市保内町磯崎まで | 長浜地域まで |
便数は減り、予約が要るようになった。ただし運行日は平日毎日で、これは他のデマンド地区(多くが週2日)より手厚い。
福祉バスは無償だった。2016年9月の市議会によると、平野線・蔵川線・上須戒線が週2便、 南久米地区の梅川線・北裏線が週1便で、29人乗りのマイクロバスが走っていた。1日の平均利用者は約9人[8]。
デマンドは週2日、1日2往復になった[26]。回数は増えている。 ただし地区内150円・地区外300円の有料になった。 無料から有料へ、決まった時刻から予約制へ。これが置き換えの中身である。
いま残っている伊予鉄南予バスの長浜〜大洲〜八幡浜線を、時刻表から自分で数えた。2025年4月1日改正版である[20]。 長浜方面から八幡浜方面へ片道6便、八幡浜方面から長浜方面へ片道8便、合計片道14便。 計画書の数え方(片道を0.5回)に直すと7.0になる。 2017年8月時点も2022年10月時点も11.0(片道22便)だったから、片道8便が減った計算になる。
そして時刻表の見出しには、こう書いてある。 「土・日・祝・振替休日及び8/13〜15、12/29〜1/3は全便運休いたします」。 土日はバスが走らない。この扱いは今に始まったことではなく、2015年3月の市議会でも 「明日香団地や長浜では伊予鉄バスが土日祭日全面運休を10月からされ、本当に困っている」という声が紹介されている[13]。
運賃はどうか。2026年4月1日改正の運賃表によると、長浜〜大洲駅前が460円、長浜〜八幡浜港が960円である[21]。 長浜から大洲へ買い物や通院に往復すれば920円かかる。デマンド型交通の地区外300円と比べると、路線バスのほうが高い。 ただし路線バスは予約が要らず、乗り降りする場所も自由に選べる。
なお2026年4月1日には、宇和島自動車の運賃改定に合わせて競合区間が10〜20円値上げされた。 大洲駅前〜大洲本町は160円から180円になっている[22]。ぐるりんおおずの150円均一は据え置かれた[28]。
調べていて一番驚いたのはここだ。
国には「地域公共交通確保維持改善事業」という補助金がある。複数市町村にまたがる赤字の幹線バス路線を、国と県が支える仕組みだ。 愛媛県の場合、県の協議会が対象系統を決めて国に申請する。 2027年度(令和9年度)分の計画に載っている愛媛県内の系統は22[19]。
| 事業者 | 系統の例 | 中心市町村 |
|---|---|---|
| 伊予鉄バス | 川内線など3系統 | 松山市 |
| 瀬戸内運輸 | 星の浦線、小部波方ループ線など9系統 | 今治市・新居浜市 |
| 宇和島自動車 | 宇和島〜城辺、宇和島〜宿毛など8系統 | 宇和島市・八幡浜市 |
| ジェイアール四国バス | 久万高原線 | 松山市 |
| 伊予鉄南予バス | 三崎線 | 八幡浜市 |
表7: 愛媛県の地域間幹線系統22系統(令和9年度確保維持計画)[19]。中心市町村に大洲市は無い
22系統の起点・終点・経由地に、大洲市内の地名は1つも出てこない。 この枠の国庫補助額は合計1億3,737万円だが、大洲に入る分はゼロである。
これは今に始まったことではない。2009年3月の市議会で、市はすでにこう答えている[10]。 「路線バスには国庫補助や県単補助という制度がございますが、運行回数や運行距離等の補助の要件がございまして、 当市においては国庫補助路線が1路線」。 1路線しかなかったものが、いまはゼロになっている。 国の補助には「1日当たりの運行回数が3回以上」「輸送量が15人から150人と見込まれる」といった要件がある。 大洲の路線は、赤字だから補助が出るのではなく、赤字が進みすぎて要件に届かなくなると補助が出なくなる。
その結果どうなるか。市が自前で払う。2016年度と2021年度の、市の負担の内訳がこうだ[1]。
図5: 移動手段の確保にかかった市の負担の内訳。どちらの年も3分の2はスクールバス
| 内訳 | 2016年度 | 2021年度 |
|---|---|---|
| 民間路線バスへの補助金 | 2,732万円 | 3,544万円 |
| 市営交通の運行経費 | 1,961万円 | 2,249万円 |
| デマンド型交通の運行経費 | − | 328万円 |
| 福祉バスの運行経費 | 1,383万円 | 728万円 |
| スクールバスの運行経費 | 1億3,438万円 | 1億3,598万円 |
| 合計 | 1億9,516万円 | 2億449万円 |
表8: 市の負担の内訳[1]
5年で930万円(4.8%)増えている。デマンドに切り替えて福祉バスの経費は半分近くに減ったが、民間路線バスへの補助はむしろ増えた。 そして両年とも、3分の2はスクールバスである。
直近の数字も出ている。2025年12月の決算特別委員会の報告によると、令和6年度の地域公共交通対策事業は8,287万8,000円[11]。 路線バスと循環バスの維持支援に、デマンド型交通の運行経費と車両購入費を足した額だ。
これを議会の記録から探した。名指しで「この路線が危ない」と述べた発言は見つからなかった。だが、周辺の言葉から輪郭は見える。
2025年9月の市議会で、総合政策部長がこう答えている[14]。
運行事業者にとりましては、近年の運転手不足により路線の維持、サービス提供体制の維持が困難となっているだけでなく、運行に見合った収入が得られない、運行経費がかさむなど大変苦慮されているのが実情のようでございます。御存じのとおり、一度路線廃止となれば、再開は非常に困難でございますので、どうか皆様におかれましても、公共交通の利用促進に努めていただきたい
2026年3月の市長の施政方針にも、こうある[15]。 「地域公共交通対策においては、利用者の減少により事業者単独での路線バスの維持が難しい状況となっておりますことから、 路線維持への支援を継続するとともに無料運賃デーを実施するなど、多くの皆様に利用いただく機会を設ける」。 無料にしてでも乗ってもらう、という段階に来ている。
デマンド型交通のほうにも基準がある。市は1便あたり1.5人以上の利用と稼働率50%程度を目標に置いていて、 令和6年度の実績は1便あたり平均1.7人、稼働率46.8%だった[11]。 おおむね目標に近い水準だが、路線によって差があるとも報告されている。 2022年の協議会資料では、デマンド導入の運行条件として「年間平均利用者数を2人/便以上確保すること。 これを下回る場合、運行取り止め」と明記されている[4]。
もう1つ、生活に直結する話が2026年3月の議会に出ている。高校への給食提供を議論する中で、教育部長が長浜高校についてこう説明した[15]。 「公共交通機関を利用する生徒さんが多いため、他の高校と比較いたしますと、30分程度始業時間が遅いことから、 昼休みの時間を短くして対応をされておりまして、公共交通機関の便数が減少している状況での校時の変更は難しい」。 バスと列車の本数が、学校の時間割を決めている。
正直に書いておく。
1つ目。ほとんどの路線の廃止年が特定できなかった。 大洲市議会の会議録がウェブで読めるのは2008年からで、それより前の廃止は追えない。 大洲地域の福祉バス5路線が「定期バス路線の廃止に伴い」始まったことは分かるが[9]、 その定期バス路線がいつ消えたのかは書かれていない。 国鉄バスが河辺・肱川から撤退した年も、四国の省営バス・国鉄バスの資料に当たったが特定できなかった。 この記事が「40年史」ではなく「20年分の記録」に留まっているのはそのためだ。
2つ目。五郎経由と阿蔵延伸の時期。2017年6月の市議会に、こんな答弁がある[7]。 「五郎地区については、以前は松ヶ花経由じゃなくて八幡浜線が平日7便、五郎経由へ運行されておりましたけれども、 利用者の減少から松ヶ花経由に変わった。現在は、朝の通勤、通学時間帯を中心に1便だけの運行」。 同じ答弁の中に、阿蔵地区で只越までバスを延ばしたものの「それを行って2年後利用者がおらないということで廃止になった」という話も出てくる。 どちらも年が書かれていない。
3つ目。宇和島自動車の宇和島〜大洲線が消えた時期と理由。 2018年の計画にあって2023年の計画に無い、という事実だけが確認できた[30]。
4つ目。伊予鉄南予バスの2017年度の利用者数。 前後の年と数字が大きく食い違う。集計方法が変わったのか、グラフの読み取りを間違えているのか、判断がつかなかった。
5つ目。福祉バスの「外出支援サービスあい愛」がいま走っているかどうか。 2022年10月時点では運行していたが、それ以降の記載を市のサイトで見つけられなかった。
この記事を書く前、私は「大洲のバスは減った」という漠然とした像を持っていた。 数えてみて、その像が2つの点で間違っていたことが分かった。
1つ目。減ったのは本数より先に「行き先」である。 長浜〜大洲〜八幡浜線は本数こそ減ったが、いまも残っている。 消えたのは、そこから枝分かれしていた細い路線と、市の外へ出る路線だ。 松山空港へも、保内の磯崎へも、乗り換えなしでは行けない。 市の中心を通る太い1本だけが残り、その周りが落ちた。
2つ目。多くの路線は「廃止」されていない。「置き換わって」いる。 福祉バスに、スクールバスに、デマンド型交通に。市はその都度、代わりを用意してきた。 2016年度と2021年度で市の負担がほとんど変わっていないのは、置き換えながら支え続けているからだ。 それはたぶん、褒めていい仕事だと思う。
ただし置き換わるたびに、時刻表を見て乗るものから、電話をかけて予約するものへ変わってきた。 2025年6月の市議会で、この点を突いた質問があった[12]。 「電話したら来てくれる、前の日に予約したら来てくれる、そういう概念がもうなくなってる、 電話するということがどれほど高齢者にとって大変なことか」。 これに対する市の答えは「出前講座といいまして、職員が地域に出向いていって、 そういった仕組み、乗り方の説明とかをさせていただく取組もしております」だった。
どちらが正しいという話ではない。ただ、予約の電話をかけられるかどうかが、移動できるかどうかを分けるところまで来ている、 ということは記録しておきたい。
最後にもう一度、あのバス停の名前を思い出す。「旧浜バス停」。「旧沖浦バス停」。 路線は消えたが、名前は残った。名前が残っているうちは、そこにバスが停まっていたことを誰かが覚えている。 それが消えるのは、たぶんもう少し先だ。
出典