大洲の自由研究 #11
大洲で土地を買うといくらか。たぶん、調べたことのある人は少ない。 家を建てるときか、相続のときか。人生に1度か2度しか関係しない数字だ。 ただ、この数字にはほかの統計にない特徴がある。毎年、同じ場所を、同じ方法で測っている。しかも40年以上続いている。 だから並べると、大洲という町に何が起きたのかが、円という単位で出てくる。 今回は、大洲市内で地価が測られている45の地点を全部拾って、1983年から2026年まで並べ直した。
大洲で土地がいくらか、44年分ぜんぶ並べてみたんよ。45地点ある。
バブルは、大洲には来んかった。
ピークは1996年。そこから25年、一度も上がっとらん。
作業に入る前に、ここを片づけておきたい。
土地の値段は「一物五価」と呼ばれる。同じ1つの土地に、5つの違う値段がつく。 誰が、いつ、何のために出すかが違うからだ。
| 名前 | 誰が出すか | いつの時点か | 何に使うか | 水準 |
|---|---|---|---|---|
| 公示価格(地価公示) | 国土交通省 土地鑑定委員会 | 毎年1月1日 | 取引の指標、公共用地の取得 | 100 |
| 基準地価(都道府県地価調査) | 都道府県知事 | 毎年7月1日 | 公示価格を補完する | 100 |
| 相続税路線価 | 国税庁 | 毎年1月1日 | 相続税・贈与税の計算 | 約80 |
| 固定資産税評価額 | 市町村(大洲市) | 3年に1度の評価替え | 固定資産税・都市計画税 | 約70 |
| 実勢価格 | 売り手と買い手 | 売買のたび | 実際の取引 | ばらつく |
表1: 一つの土地につく5つの値段
地価公示は、地価公示法にもとづき、国土交通省の土地鑑定委員会が 「毎年1月1日時点における標準地の1平方メートル当たりの正常な価格」を判定するものだ[3]。
都道府県地価調査のほうは、国土利用計画法施行令にもとづき、各都道府県知事が7月1日時点の「基準地」の価格を調べる[5]。 国土交通省の説明では、この2つは「調査時期、調査地点において相互に補完的な関係にある」。 つまり、1月と7月で半年ずつずらして、国と県が交互に土地の値段を測っている。
路線価は国税庁だ。毎年7月1日にその年の分を公開している。 「路線価等は、1月1日を評価時点として、1年間の地価変動などを考慮し、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定めています」と、国税庁自身が書いている[6]。
固定資産税評価額は市町村が決める。総務省の資料には「宅地については、地価公示価格、鑑定評価価格等の7割を目途とする」とある[11]。
ここが混乱のもとになる。大洲市から届く固定資産税の通知に書かれた土地の評価額は、公示価格のだいたい7割の水準にすぎない。 「思っていたより安い」と感じるのは、そもそも7割で測っているからだ。
5つ目の実勢価格は、誰も一括では決めていない。売り手と買い手が決める。 だから公示価格より高いことも安いこともある。 この記事で主に使うのは上の4つで、実勢価格は後半で1つだけ実例を出す。
ここが今回いちばん時間のかかった部分なので、正直に書いておく。
国税庁のサイトで路線価図そのものを見られるのは、平成30年分(2018年)から令和8年分(2026年)までしかない。 国税庁自身がそう書いている[6][7]。9年分だ。これでは30年にならない。
そこで主軸を地価公示と地価調査に置いた。国土交通省が「国土数値情報」として、 1つの地点の過去の価格を全部まとめたファイルを都道府県ごとに配っている[1][2]。これを使った。
地価公示のファイルには1983年から2026年までの44年分、地価調査のファイルには1983年から2025年までの43年分の価格が、地点ごとに入っている。 1982年以前は入っていない。だから今回の記事は1983年が起点になる。
ただし、これだけでは足りない。このファイルに載るのはいま生きている地点だけだからだ。 途中で廃止された地点は消えている。
大洲市には、廃止された地点がいくつもある。旧長浜町の仁久や西海岸町、肱南の中町商店街、菅田町の宮地、新谷の高柳。 これらを拾うために、1996年から2023年までの各年版のファイルも1つずつ落として、年ごとの断面を突き合わせた。
さらに地点名が変わっている。合併前の「喜多郡長浜町大字長浜字出来町甲502番」は、合併後に「大洲市長浜甲502番」になった。 同じ土地なのに文字列は別物だ。これを1つずつ照合した。
結果として拾えたのは、地価公示12地点・地価調査33地点、あわせて45地点である。 2026年時点で生きているのは、地価公示7地点と地価調査18地点の計25地点だ。
数え方で気をつけたことを3つ書いておく。
1つ目。地価公示と地価調査を混ぜてグラフにしていない。 1月1日と7月1日で時点が半年ちがう。同じ線に乗せると、半年分の動きが1年分の動きに化ける。表も分けた。
2つ目。林地だけ単位が違う。 大洲市には「春賀乙146番2」という人工林の基準地がある。2025年の価格は3万1,300円だが、これは10アール(1,000平方メートル)当たりだ。 1平方メートルに直すと31円になる。宅地の表には入れていない。
3つ目。同じ番号でも、地点が入れ替わっていることがある。 たとえば商業地の「大洲5-1」は、2007年までが常磐町字東側84番3、2008年からは常磐町字東側88番1外だ。番地が違う。 連続した1本の線として扱えないので、表でも行を分けてある。
なお、2026年の都道府県地価調査(7月1日時点)は、この記事を書いた8月末の時点でまだ公表されていない。 だから地価調査は2025年までである。
まず地価公示から。1平方メートル当たりの円である。表は5年おきの抜粋で、図1に全年を描いた。
| 地点 | 用途 | 1983 | 1988 | 1991 | 1994 | 1996 | 2001 | 2006 | 2011 | 2016 | 2021 | 2026 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 柚木字尾阪358-80 | 住宅 | 63,000 | 66,000 | 69,300 | 74,000 | 76,800 | 76,800 | 67,000 | 56,600 | 45,800 | 38,700 | 35,900 |
| 若宮字堀之内445-5外 | 住宅 | — | — | — | — | 110,000 | 110,000 | 88,000 | 71,500 | 58,200 | 50,300 | 46,400 |
| 大洲字三ノ丸880-90 | 住宅 | — | — | — | — | 92,500 | 92,500 | 76,000 | 61,500 | 50,300 | 43,700 | 40,700 |
| 長浜甲502 | 住宅 | — | — | — | 81,000 | 81,000 | 77,500 | 66,300 | 55,600 | 43,800 | 35,200 | 30,000 |
| 長浜甲593-3 | 住宅 | — | — | — | — | — | 51,600 | 45,700 | 39,500 | 30,700 | 24,600 | 廃止 |
| 常磐町字東側84-3 | 商業 | — | — | — | — | 187,000 | 178,000 | 97,000 | 廃止 | — | — | — |
| 常磐町字東側88-1外 | 商業 | — | — | — | — | — | — | — | 72,700 | 57,000 | 48,800 | 44,000 |
| 中村字長畑210-31 | 商業 | — | — | — | — | 210,000 | 210,000 | 125,000 | 95,200 | 76,500 | 67,000 | 61,400 |
| 東若宮18-5外 | 商業 | — | — | — | — | — | — | — | 84,000 | 67,400 | 58,400 | 53,500 |
表2: 大洲市の地価公示(円/平方メートル、5年おきの抜粋)。太字はその地点の最高値[1]
図1: 地価公示4地点の全年推移。1996年前後の「動かない台地」と、2002年からの長い下り坂
1983年から追えるのは柚木の1地点だけで、ほかは1994年から1996年に設定された。
次に地価調査。こちらは市の周辺部と山あいまで入っている。
| 地点 | 用途 | 1983 | 1988 | 1991 | 1996 | 2001 | 2006 | 2011 | 2016 | 2021 | 2025 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 北只407-4外 | 住宅 | 32,100 | 34,000 | 36,200 | 38,400 | 38,400 | 36,800 | 33,600 | 27,900 | 27,000 | 26,500 |
| 若宮字堀之内445-5外 | 住宅 | — | — | — | 110,000 | 110,000 | 86,000 | 69,500 | 56,900 | 49,500 | 46,500 |
| 東大洲232-2 | 住宅 | — | — | — | — | 88,000 | 77,000 | 65,200 | 52,900 | 45,800 | 42,800 |
| 菅田町菅田甲1775-2 | 住宅 | — | — | — | — | 42,800 | 41,500 | 38,000 | 32,100 | 29,000 | 27,900 |
| 白滝甲32-7 | 住宅 | — | 44,000 | 44,000 | 44,000 | 41,500 | 38,000 | 29,200 | 22,800 | 19,500 | 18,000 |
| 長浜町沖浦丙2263-1 | 住宅 | — | — | — | — | — | 45,200 | 36,100 | 28,700 | 24,900 | 23,200 |
| 長浜町櫛生乙226-2 | 住宅 | — | — | — | — | 19,000 | 17,000 | 13,300 | 10,600 | 9,650 | 9,150 |
| 新谷甲269-5 | 住宅 | — | — | — | — | — | — | — | 34,300 | 33,200 | 32,500 |
| 肱川町山鳥坂526 | 住宅 | 22,000 | 22,700 | 22,700 | 22,700 | 22,900* | 20,600 | 16,300 | 13,200 | 11,400 | 10,500 |
| 肱川町予子林1825 | 住宅 | — | — | — | 8,100* | 7,900 | 7,400 | 5,800 | 4,510 | 4,180 | 3,980 |
| 河辺町植松413外 | 住宅 | 16,000 | 16,200 | 16,500 | 16,900* | 16,700 | 14,300 | 11,100 | 8,550 | 7,660 | 6,600 |
| 大洲字中町1丁目北221-1 | 商業 | — | — | — | 138,000 | 116,000 | 79,000 | 71,000 | 64,200 | 59,800 | 廃止 |
| 田口字ツツイ甲390-5 | 商業 | — | — | — | — | 160,000* | 112,000 | 87,900 | 70,500 | 61,600 | 57,500 |
| 東大洲114-1 | 商業 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | 54,300 |
| 長浜甲413 | 商業 | — | — | — | — | — | — | 62,300 | 46,500 | 39,600 | 35,400 |
| 肱川町山鳥坂116外 | 商業 | 44,000 | 44,000 | 44,000 | 44,000 | 42,500 | 37,600 | 30,000 | 23,000 | 18,700 | 16,700 |
| 徳森字宮方382-3外 | 準工業 | — | — | — | — | 121,000 | 89,000 | 82,300 | 65,300 | 58,000 | 53,900 |
| 長浜町晴海1-10 | 工業 | 28,000 | 29,400 | 30,600 | 31,000* | 28,300 | 21,700 | 17,100 | 13,000 | 11,300 | 10,800 |
表3: 大洲市の都道府県地価調査(円/平方メートル、抜粋)。*印はピークが表の抜粋年の間にある地点(ピークの実年は図5を参照)。田口は1998年からの調査地点で、1996年以前の値は無い。櫛生は2025年に226番2から226番8へ地点が移った[2]
図2: 周辺部と山あいの6地点。対数目盛でも、全部の線が同じ向きに下りている
いちばん高いのは伊予大洲駅前の中村で1平方メートル6万1,400円。 いちばん安いのは肱川町予子林の3,980円である。同じ市内で15.4倍の開きがある。
300平方メートル(約91坪)の土地に置き換えるとこうなる。中村なら1,842万円、予子林なら119万円だ。
いま生きている25地点のうち、座標の取れる24地点を地図に置いた。
表2の柚木の行を、もう一度見てほしい。
1983年に6万3,000円。1991年に6万9,300円。8年かけて1割しか上がっていない。
日本中の地価が跳ね上がっていた時期の話である。 同じ国土数値情報を使い、同じ方法で東京都と比べてみた。1983年を1.00として、その後の倍率を出したものだ。
図4: 1983年を1.00とした地価の指数(都道府県地価調査、1983年から追える同一地点のみ。独自計算)
東京の土地は、5年で2.74倍になった。大洲でいちばん高くなった年でも1.08倍である。
肱川町山鳥坂の商業地にいたっては、1983年から1996年まで14年間、1平方メートル4万4,000円のまま1円も動いていない。 白滝も1988年から1996年まで4万4,000円で固定されている。
これは大洲だけの話ではない。愛媛県全体(83地点)でも、いちばん高い年で1.09倍だ。 四国の地方部には、そもそも地価バブルが来ていなかった。
だからこの記事は「バブル崩壊で大洲の土地が暴落した」という話にはならない。 上がっていないものは崩れようがない。大洲で起きたのは、別のことだ。
表2と表3をもう一度見ると、太字がある年がそろっている。1995年から2001年である。
しかも、この時期の値段は「上がっている」のではない。動いていない。
柚木は1996年から2001年まで6年間、7万6,800円のまま。若宮は1995年から2001年まで7年間、11万円のまま。 中村の商業地も1996年から2001年まで21万円のままだ。
そして2002年に、全部が同時に下がりはじめる。
そこから先を、45地点すべてについて機械で調べた。 2002年から2026年までの25年間で、前年より価格が上がった地点は1つもない。 横ばいの年が数えるほどあるだけだ(北只の2003年と2004年、菅田の2002年から2004年など)。
25年、1度も上がっていない。これが大洲の地価の実態である。
ピークからいまがどうなったかを、10年以上追える全地点で出した。
図5: ピークからいま何倍になったか(独自計算)。直近は公示2026年・調査2025年。ピーク価格が数年続いた地点は最初の年をピーク年とした
17地点が半額以下になっている。いちばん落ちたのは駅前の商業地で0.29倍だ。
いちばん落ちていないのは北只の0.69倍だった。北只は市の南、標高23メートルの住宅地である。 ここは2017年以降の下落率が年0.4%程度で止まっている。理由は資料からは分からなかった。
「大洲だけが特別なのか」を確かめる。
同じ国土数値情報を使い、県内の各市町について1996年と2026年の両方で追える地価公示の住宅地だけを取り出して、平均を計算した。 地点が途中で入れ替わっているところは除いてある。
図6: 愛媛県内の住宅地の30年(1996年→2026年の倍率、同一地点の単純平均。独自計算)
大洲市は県内で2番目に落ちている。 隣の内子町(0.65倍)や西予市(0.62倍)とくらべると、下がり方がはっきり速い。松山市(0.63倍)とも差がある。
直近20年(2006年→2026年)でも同じで、大洲市は0.52倍。久万高原町(0.51倍)に次いで県内2番目だ。 松山市はこの20年で0.89倍にしか下がっていない。
いま全国はどうなっているか。2026年の地価公示で、住宅地の変動率は全国平均でプラス2.1%、商業地はプラス4.3%。 どちらも5年連続の上昇である[3][4]。
愛媛県はマイナス0.4%(住宅地)、松山市はプラス0.2%。 そして大洲市の7地点の平均はマイナス1.59%だった(独自計算)。
全国が上がり、松山も上がりはじめているなかで、大洲は年1.6%ずつ下がり続けている。これが2026年時点の位置である。
2018年7月7日、肱川があふれた。
内閣府の資料によると、大洲市の被害は死者5名、全壊395棟、大規模半壊523棟、半壊1,141棟。 浸水面積は約1,372ヘクタール。被害を受けた事業所は1,037にのぼる。 「市内の17地区のほぼ全域で浸水被害や土砂災害が発生した」と書かれている[14]。
浸水した土地は安くなったのか。データで確かめてみた。
まず時点の整理が要る。2018年の地価調査は7月1日時点で、豪雨の6日前だ。 2019年の地価公示は2019年1月1日時点で、豪雨の半年後。 つまり「2018年から2019年への変化」が、豪雨をまたぐ期間になる。
県内の市町ごとに、その変化を並べた。
| 市町 | 2018年 | 2019年 | 差 |
|---|---|---|---|
| 大洲市 | -2.99% | -3.61% | -0.62ポイント(悪化) |
| 西予市 | -2.25% | -1.84% | +0.41(改善) |
| 八幡浜市 | -2.76% | -2.12% | +0.65(改善) |
| 宇和島市 | -2.69% | -2.37% | +0.32(改善) |
| 内子町 | -2.02% | -1.80% | +0.22(改善) |
| 伊予市 | -2.48% | -1.62% | +0.86(改善) |
| 松山市 | -0.19% | +0.09% | +0.27(改善) |
| 今治市 | -0.88% | -0.69% | +0.19(改善) |
| 新居浜市 | -1.09% | -0.95% | +0.13(改善) |
| 久万高原町 | -2.91% | -2.13% | +0.78(改善) |
表4: 2018年と2019年の地価公示、前年比の平均(同一地点。独自計算)[1]
このころ、全国的に地価の下落幅は年々小さくなっていた。愛媛県内の市町も、ほぼ全部が前年より改善している。
そのなかで大洲市だけが逆に悪化した。 地価調査(7月1日時点)でも同じで、大洲市はマイナス2.20%からマイナス2.70%に悪化している。
ここまでは、豪雨の影響と読めそうに見える。ところが、地点ごとに見ると話が合わなくなる。
図7: 標高と、豪雨をまたいだ年(2019年)の地価変動率。標高は国土地理院の標高APIで各地点の緯度経度から取得した。浸水推定範囲は国土地理院の段彩図を目で読んだもので、地図自体に「把握できていない部分がある」という注意書きがある[13][15]
いちばん大きく下がった柚木は、浸水推定範囲の外にある。 標高18.3メートル、肱川の南の高台にある住宅地だ。
逆に、内閣府の資料が被害の大きかった地区として本文で挙げている菅田と、被災状況の写真に出てくる若宮は、豪雨をまたいだ年に下落幅が縮んでいる[14]。
つまり、「浸水した土地だけが安くなった」という形にはなっていない。 データから言えるのは「市全体の下落が速まった」ことまでだ。
浸水した地点だけが特別に下がったかどうかは、確かめられなかった。 地価は災害だけで決まらない。人口、道路、店の数、住宅の需要が全部混ざっている。 半年から1年の動きを、1つの原因に切り分けることはできなかった。
推測になるが、市全体の下落が速まったのは、特定の地区の被害というより町全体への評価が動いたためではないかと思う。 ただし、これを裏づける資料は見つけられなかった。ここは推測である。
ここで路線価に戻る。
高松国税局は毎年、四国26税務署の最高路線価を公表している。大洲税務署の分を、平成23年分(2011年)から拾い直した[8][9][10]。
図8: 大洲税務署の最高路線価。所在地は2011〜15年と2023年以降が駅前ふれあい南通り、2016〜22年は国道56号沿い
15年で76千円から49千円になった。0.64倍である。
2017年の数字には、続きがある。
この年の9月の大洲市議会で、議員が市長にこう質問している。 「先月発表された2017年分の四国の路線価は、大洲市で4.8%減と、四国31市で最大の下落率となっております。 ということは、一番魅力のない町になってしまったということの裏返しではないでしょうか」[16]。
高松国税局の表を実際に開いて確かめた。 この年、四国26税務署のなかで下落率がいちばん大きかったのは、たしかに大洲のマイナス4.8%だった[9]。
市長(当時)の答えはこうだった。 「さまざまな指標、そしてそれに対するさまざまな評価があろうかと思っております。 ただ、大洲市も一部の地域でありますが、東大洲の地域につきましては、さまざまな商業施設が集積し、 この10年ほどで見違えるような地域に変わったのではないかというふうにも思っております」[16]。
その東大洲については、あとでもう一度出てくる。
ところで、ここで「一物五価」の検算ができる。路線価は公示価格の8割という国税庁の説明は、大洲でも本当なのか。
大洲税務署の最高路線価と、伊予大洲駅前にある地価公示の商業地(中村字長畑210-31)を並べてみた。
図9: 最高路線価と、駅前商業地の公示価格。下の数字は比率(独自計算)
2012年から2026年までの15年分すべてで、79.7%から81.0%の間に収まっていた。 国税庁の言う「80%程度」は、大洲の実際の数字でもそのとおりだった。
だから、自分の土地のおおよその公示価格を知りたければ、路線価を0.8で割ればいい。 固定資産税の通知に載っている評価額なら、0.7で割る。大洲でもこの目安は使える。
土地が安くなって困るのは、売りたい人だけではない。
大洲市は昭和48年に「大洲市土地開発公社」をつくった。公共施設の用地を先に買っておき、あとで市が買い戻す仕組みだ。 土地は値上がりするものという前提の上に立った制度である。
その前提が外れた。
2017年6月の市議会で、市長は解散議案の提案理由をこう説明している[17]。 「昭和48年の設立以来、土地などの資産価値の上昇期において、 公共用施設用地の先行取得及び宅地開発を中心に事業を展開してまいりました。 しかしながら、平成5年のバブル崩壊以降の景気後退期において、 地価を初めとした資産価値の暴落や投資減退などを背景に、公社の経営状況は急速に悪化し」。
数字も議会で問われている。公社の保有地の簿価は平成17年度末で約43億円あった。 市が買い戻したり分譲したりして、平成22年末に9億6,000万円まで減らしている[18]。 県が大洲農業高校の用地として使う予定で先行取得した阿蔵・高山の土地は、 7億1,224万円で買ったものが、利子が積み上がって市の買い戻し額は19億5,774万円になっていた[17]。
そして2017年6月、公社は解散した。設立から44年である。
もうひとつ、実勢価格の実例をここに置いておく。2017年3月の市議会で、東若宮団地の値段が答弁されている[18]。 平成16年に1平方メートル約6万3,740円で購入し、2017年時点の分譲単価は1平方メートル約6万9,140円。 63区画のうち5区画が残っていた。
同じ2017年、すぐ近くの若宮の地価公示は5万6,000円である。分譲単価のほうが2割以上高い。 買った値段と利子を回収しなければならないからだ。 「公的な値段」と「実際に売られている値段」は、こういうふうにずれる。
固定資産税にも出ている。2010年6月の市議会では、 「固定資産税は平成21年度が評価がえの年に当たり、地価の下落、家屋の経年減価による評価価格の減少等に伴い、 約9,300万円の減収となり」と答弁されている[19]。 3年に1度の評価替えのたびに、市の基幹税収が削られてきた[12]。
最後に、いま大洲でいちばん注目されている場所の話をする。
肱南の城下町だ。2020年7月、古い建物を客室に変えた分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」が開業した。 その後も棟数を増やし、2023年7月には26棟31室になっている[20]。
観光地化は地価に出たか。ここを調べたかった。
肱南には都道府県地価調査の商業地が1つあった。「大洲字中町1丁目北221番1」、中町商店街である。前年比の推移はこうだ。
| 年 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 中町(肱南の商業地) | -2.6% | -3.5% | -1.9% | -1.1% | -0.8% | -0.65% | -2.6% | -2.8% |
| 東大洲232-2(参考) | -3.9% | -3.8% | -3.6% | -2.8% | -4.2% | -1.1% | -2.6% | -2.4% |
表5: 肱南の商業地と、東大洲の住宅地の前年比[2]
2018年から2020年にかけて、中町の下落は市内で最も緩やかだった。 マイナス0.65%は、この時期の大洲でほとんど唯一と言っていい水準である。 城下町の再生事業が動きはじめた時期と重なる。
ただし、ホテルが開業した2020年7月の翌年から、下落幅はまた広がった。 2021年マイナス2.6%、2022年マイナス2.8%。市内のほかの地点と同じ水準に戻っている。
そして2023年、この基準地そのものが廃止された。
愛媛県は、商業地の基準地「大洲5-2」を、肱南の中町から東大洲114番1に付け替えている。 番号は同じで、場所だけが入れ替わった。 県が「大洲の商業地を代表する地点」として選ぶ場所が、城下町から東大洲へ移ったということだ。
2017年の議会で市長が「見違えるような地域に変わった」と述べた東大洲は、 その6年後、県が市の商業地の代表として選ぶ場所になった。
だから結論はこうなる。城下町の観光地化で肱南の地価が上がったという事実は、確かめられなかった。 2018年から2020年に下落が緩んだ形跡はあるが、その後は戻っている。 そして肝心の地点が廃止されたので、2023年以降は追えない。
住宅地のほうも見た。城下町のなかにある「大洲字三ノ丸880-90」は、2023年以降の下落率が年マイナス1.0%前後で、 市内の住宅地では最も小さい。ただし若宮(マイナス1.07%)や柚木(マイナス1.10%)との差は0.1ポイントほどしかない。 差があると言い切れる大きさではない。
正直に4つ挙げておく。
1982年以前の価格。国土数値情報に入っているのは1983年以降だけで、それより前の大洲の地価は公開データでは追えなかった。 だからこの記事は「44年分」である。
北只だけ下げ止まりかけている理由。2017年以降、北只の下落率は年0.4%程度で、市内でいちばん小さい。 資料からは理由が分からなかった。
浸水した地点だけが下がったのかどうか。市全体の下落が速まったことは数字で言えるが、 地点ごとの動きは浸水の内外ときれいに対応していなかった。半年から1年の変動を1つの原因に切り分けることはできなかった。
城下町の観光地化の効果。下落が緩んだ3年間はあるが、基準地が2023年に廃止されたため、その後が追えない。
いちばん意外だったのは、大洲にバブルが来ていなかったことだ。
「バブルがはじけて土地が下がった」という物語を、なんとなく当てはめていた。 だが数字を並べると、大洲の地価は1983年から1996年まで、13年かけて1.2倍にしかなっていない(地価公示の柚木、6万3,000円から7万6,800円)。 県の地価調査で1983年から追える5地点の指数で見れば、いちばん高い年でも1.08倍だ。 東京が5年で2.7倍になった時期にである。
上がっていないものは、はじけない。大洲で起きたのは崩壊ではなく、1996年をピークにした、30年かけた長い下り坂だった。 しかも2002年から25年、1年たりとも上向いていない。
もうひとつ、腑に落ちたことがある。
肱川町山鳥坂の商業地は、1983年から1996年まで14年間、4万4,000円で1円も動かなかった。 動かないというのは、何も変化がなかったという意味ではない。 測る側が「この土地の値段は去年と同じでいい」と判断し続けた、ということだ。
そこから29年たって、いまは1万6,700円になっている。予子林は3,980円。 1平方メートルの値段が4,000円を切る土地に、人が住んでいる。
土地の値段は、そこにどれだけ人が来たいと思っているかの数字でもある。 45地点を全部並べてみて、いちばん強く残ったのはその感覚だった。
出典