大洲の自由研究 #14
投票所に行かなくても、議員が決まる年がある。 立候補した人の数が、定数と同じか、それより少ないときだ。 そのときは投票そのものが行われない。無投票当選という。 大洲市で、それが何回あったのか。数えてみたら、合併後の21年で4回あった。
投票所に行かんでも議員が決まる年があるんよ。無投票当選いうやつ。
大洲の選挙14回を並べたら、合併後の21年で4回あった。
議員の数は、56人から18人になっとる。
先に、数え方を書いておく。ここがずれると、あとの数字が全部ずれる。
範囲は2005年1月11日から。この日、旧大洲市・長浜町・肱川町・河辺村が合併して、いまの大洲市になった。 合併前の旧大洲市や旧3町村の選挙記録は、ネット上で一次資料を見つけられなかった。 大洲市選挙管理委員会が公開しているデータは直近の数回分だけで、それ以前は市議会だよりの保存分をたどるしかない[1]。 だからこの記事が並べたのは合併後の分だけである。旧市町の分は「取れなかった」とはっきり書いておく。
数えたのは、市長選挙と市議会議員選挙の一般選挙だけ。 衆議院・参議院・県知事・県議会の選挙は、大洲市も投票所を開くが、決めているのは大洲市のことではないので外した。 市議会議員の補欠選挙も、本表からは外している。ただし1回だけあったので書いておく。 2018年5月20日、市長選挙と同じ日に市議会議員の補欠選挙が行われた。 議員1人の辞職による欠員を埋めるもので、立候補は1人。これも無投票だった[26][27]。 数え方によっては、無投票は4回ではなく5回になる。
投票率は市選挙管理委員会の公表値をそのまま使った。分母は当日有権者数である。市の公表値どうしなら比較できる。 定数は条例の数字。立候補者数は届出があった人数である。この2つが同じなら無投票になる。
まず市長のほうから。
| 執行日 | 定数 | 立候補者数 | 投票率 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2005年2月13日 | 1 | 3 | 75.11% | 合併後最初の選挙 |
| 2009年1月25日 | 1 | 2 | 64.84% | 任期満了による |
| 2009年9月13日 | 1 | 2 | 72.40% | 在任中の死去による |
| 2013年9月8日 | 1 | 1 | 無投票 | |
| 2017年9月3日 | 1 | 1 | 無投票 | 市議選と同日 |
| 2018年5月20日 | 1 | 2 | 55.90% | 在任中の死去による |
| 2022年5月15日 | 1 | 1 | 無投票 | |
| 2026年4月26日 | 1 | 2 | 56.62% |
8回のうち3回、立候補が1人だけだった。2013年、2017年、2022年である。 任期満了による市長選挙にかぎってみると、2013年から2022年までの3回続けて、投票用紙が配られていない。
選挙の日付が、2月 → 9月 → 5月 → 4月とずれているのに気づくと思う。理由は2つある。 どちらも、在任中に市長が亡くなったことによるものだ。2009年8月と2018年3月である。 市長が欠けると50日以内に選挙をしなければならないので、そこで任期の起点がずれる。
2009年9月の選挙は、そのぶん準備期間が短かった。 同年12月の定例会で、ある議員が「わずか3週間の準備期間での選挙戦」と振り返っている[16]。 投票率72.40%は、合併後の市長選で2番目に高い。
つぎに市議会のほう。
| 執行日 | 定数 | 立候補者数 | 投票率 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2005年10月2日 | 30 | 資料が見つからず | 資料が見つからず | 合併後最初。旧市町ごとの選挙区制 |
| 2009年9月13日 | 25 | 25 | 無投票 | 市長選と同日 |
| 2013年9月8日 | 22 | 24 | 69.31% | |
| 2017年9月3日 | 21 | 22 | 64.92% | 市長選と同日 |
| 2021年9月5日 | 21 | 22 | 60.08% | |
| 2025年9月7日 | 18 | 21 | 59.77% | 過去最低 |
表2: 大洲市議会議員選挙6回[1][4][5][22][24][25]
図1: 大洲市の投票率と全国の市議選平均。無投票の回は線が切れている
無投票は2009年の1回だけである。ただ、これは市議会議員選挙としてはかなり珍しい出来事だ。
このとき、定数25に対して立候補が25人。1人も余らなかった。 25議席の全部が、投票を経ずに決まった[22]。
同じ日に市長選挙は行われている。市長が8月に亡くなったため、市議選の日程に合わせて同日実施になったからだ。 つまりこの日、大洲市の有権者は投票所には行ったが、市長の名前を書く紙しかもらっていない。
2005年10月2日の選挙だけ、立候補者数と投票率を埋められなかった。市の公開データはこの年まで遡っていない。 市議会だよりの臨時号に「平成17年10月2日に市議会議員選挙が行われ」「新議員30人が臨みました」とあるので、 日付と定数は分かる[17]。 だが得票や投票率が載った紙面には行き着けなかった。ここは空欄のままにしておく。
定数の話に移る。ここが今回いちばんはっきり跡をたどれた部分だ。
合併の日、大洲市議会には旧4市町村の議員がそのまま座っていた。在任特例という制度である。 合併で議会が一度に空になるのを避けるため、旧市町村の議員が一定期間そのまま新市の議員として在任できる。 2005年1月25日から26日にかけて開かれた合併後の初議会で、「議員在任特例検討特別委員会」の設置が議決されている。 市議会だよりの創刊号に、議案名としてそのまま載っている[18]。
このときの人数について、2024年6月の定例会で数字が示されている[13]。 合併前の定数は河辺10人・肱川12人・長浜16人・大洲22人。足すと60人になるが、 同じ発言のなかで「56名いた議員」と述べられている。定数と、実際に在職していた人数の差だと思われる。 議員1人あたりの人口を「合併当初942人」と計算しているので、この942人は52,762人 ÷ 56人。 つまり議会の側は56人を基準に話している。ここでは56人を採る。
| 時期 | 議員の数 | 決めたもの |
|---|---|---|
| 2005年1月〜9月 | 56人 | 合併特例法の在任特例 |
| 2005年10月〜 | 30人 | 選挙区の設置と定数の条例(平成17年条例第6号) |
| 2009年10月〜 | 25人 | 大洲市議会議員定数条例(平成18年条例第42号) |
| 2013年9月〜 | 22人 | 同条例の改正(平成24年9月20日 条例第31号) |
| 2017年9月〜 | 21人 | 同条例の改正(平成28年9月14日 条例第27号) |
| 2025年9月〜 | 18人 | 同条例の改正(令和6年6月26日 条例第32号) |
表3: 議員定数の変遷[9]
図2: 議員の数の階段。人口が25%減るあいだに、議員は68%減った
条例の附則は毎回「この条例の施行の日以後初めてその期日を告示される一般選挙から適用する」と書いてある[9]。 決めた年と、実際に人数が変わる年がずれる。2024年6月に可決された18人は、2025年9月の選挙で初めて効いた。 30人から25人への削減も同じで、2009年3月の議会で「ことし秋の市議会議員選挙において定数30名から25名と」と確認されている[15]。 このときの議員の任期満了日は平成21年10月1日[14]。市議会だよりにも「平成21年10月2日に改選され」と残っている[19]。
議員1人が受け持つ人口も、同じ議論のなかで示されている。合併当初は942人、 21人だった時代は1,876人、18人になると2,189人[13]。 人口が52,762人から39,408人へ25%減るあいだに、議員は56人から18人へ68%減った。 人が減る速さより、議員が減る速さのほうが速い。
図3: 議員1人あたりの人口と面積。受け持ちは広がり続けている
もうひとつ、2005年の選挙だけ性格が違う。合併後の最初の選挙にかぎって、旧市町村の区域を選挙区にすることができる。 大洲市もこれを使った。「大洲市議会の議員の選挙区の設置及び各選挙区において選挙すべき議員の数に関する条例」という 長い名前の条例が平成17年にあり、平成18年の定数条例がこれを廃止している[9]。 だから選挙区制は、2005年の1回だけだった。
議員の数は、以前は法律が上限を決めていた。
2012年9月の定例会で、定数削減に反対した議員がこう述べている。 「かつて議員の法定定数は2万人以上5万人未満で26人でした」[11]。 これは地方自治法にあった法定上限のことだ。 人口の区分ごとに議員定数の上限が定められていて、市はその範囲内で条例を作らなければならなかった。
この上限は、平成23年(2011年)の地方自治法改正で撤廃された。 いまの地方自治法第91条第1項は「市町村の議会の議員の定数は、条例で定める」とだけ書いてある。上限も下限もない。 だから大洲市議会は、自分たちの人数を自分たちで決めている。 定数条例の冒頭にも「地方自治法第91条第1項の規定に基づき」と書かれている[9]。
減らした3回の議論は、会議録にそのまま残っている。読むと、決め方が回ごとに違う。
2012年(25人→22人)。議会改革調査特別委員会が中間報告で 「20名以下とする厳しい改革を求める意見、一方現状維持とし報酬を減額する意見も出された」と述べ、 「段階的に20名から22名の間とする案に絞られた」としている。 3つの常任委員会に最低7人ずつ置くと21人になる、という計算も紹介されている。 委員会が根拠のひとつに挙げたのは「民間の調査による議会改革度が四国38市の中で下から2番目」という外部評価だった[11]。
2016年(22人→21人)。議会運営委員会が1人減の案を出した。 委員長の説明では、委員会内で現状維持と1名減に意見が割れ、採決で決めている。 「一つの常任委員会に最低7人を確保すべき」という考え方が、ここでも出てくる[12]。
2024年(21人→18人)。これが3回のうちで最も大きい削減であり、いちばん手続きが厚い。 2023年10月10日に議長から議会運営委員会へ諮問があり、そこから全7回の委員会と、 会派代表者会・全員協議会あわせて6回の会議を重ねている。全議員へのアンケートも取った。 結果は21人中16人が「3人減が適当」。全議員の4分の3を超える。 理由として挙がったのは、人口減少と、近隣の市との比較の2つだった。 議員報酬については「現状維持が妥当」という意見が多く、定数と報酬の両方を採決して、いずれも全会一致で決めている[13]。
2024年の賛成討論には、比較の数字がそのまま出てくる。
近隣は西予市18人、八幡浜市16人、宇和島市24人。 宇和島市はこのあと20人に減らす見込みだと紹介されている[13]。 実際、2025年8月の宇和島市議選は定数20で行われた。
もうひとつ、全国の物差しが引かれている。全国市議会議長会が公表している市議会議員定数・報酬の調査(令和5年12月31日現在)で、 人口3万5千人から4万5千人の市の議員定数の平均は約17.9人。大洲市の人口はこの区分に入る。 当時の21人は「多いのではないか」という判断になった[13]。
反対討論の側も数字を出している。2016年には「議員1人が受け持つ面積は19.64平方キロメートルで西予市に続いて2番目」 「人口の合併以来の減少率は八幡浜市13.92%に続いて11.19%」と述べられた[12]。 面積432平方キロメートルを18人で割ると、いまは1人あたり24.0平方キロメートルになる。
投票率のほうも、全国と重ねてみる。総務省が統一地方選挙のたびにまとめている数字がある。 指定都市を除く市議会議員選挙の投票率は、こう動いてきた[21]。
| 統一地方選挙の年 | 全国の市議選投票率 |
|---|---|
| 昭和26年(1951) | 90.56% |
| 昭和42年(1967) | 77.90% |
| 昭和62年(1987) | 70.31% |
| 平成11年(1999) | 61.10% |
| 平成19年(2007) | 57.44% |
| 平成23年(2011) | 50.82% |
| 平成27年(2015) | 48.62% |
| 平成31年(2019) | 45.57% |
| 令和5年(2023) | 44.3% |
表4: 全国の市議選投票率(統一地方選挙・指定都市を除く)[20][21]
70年あまりで半分になっている。参議院の調査室が出した資料は、 「半世紀前の昭和40年代における70%程度の水準と比較すると20ポイントから30ポイント近く低下している」とまとめている[20]。
これと並べると、大洲市の市議選59.77%は、全国平均より15ポイント高い。 大洲市の投票率は「過去最低」と報じられたが、全国の市の平均からはまだ離れている[24]。
ただし注意がいる。この全国の数字は統一地方選挙で行われた選挙だけを集めたものだ。 大洲市の選挙は統一地方選挙には入っていない。第1回の1947年は全国の100%が同じ日だったが、 災害や合併や首長の交代で日程がずれていき、2023年の第20回では統一率27.54%まで下がっている[20]。 大洲市もその外に出た自治体のひとつである。だから厳密には同じ土俵ではない。 それでも、下がり方の傾きを比べるくらいには使える。
無投票のほうも、全国の物差しがある。平成31年の統一地方選挙で、改選される定数のうち無投票で決まった割合は、 都道府県議会26.9%、指定都市議会3.4%、市議会2.7%、町村議会23.3%だった[21]。 市の議会で無投票はまだ少数派である。
図4: 無投票がどれくらい珍しいか。大洲市の2009年市議選は25分の25、100%だった
そこに大洲市の2009年を置くと、25分の25で100%になる。 市の議会としては、かなり外れた出来事だったことが分かる。
「立候補が定数を超えない」という現象は、全国では増えている。
令和5年の統一地方選挙では、立候補が定数以下になったため無投票となった定数が2,000以上発生した。 市議会(指定都市を除く)の無投票当選者は、平成31年の182人から令和5年は237人へ増えた。 町村議会はもっと激しく、988人から1,250人になっている[20]。
国も動いてはいる。令和4年に地方自治法が改正され、議員個人が自治体から請け負う仕事についての規制が緩められた。 年間300万円までなら差し支えない、という線が政令で引かれている。 会社員が立候補しやすいよう、就業規則に立候補休暇を定めることを事業主に促す規定も、附則に入った。 令和5年の改正では、議会の役割と議員の職務が法律に書き込まれた[20]。
そのときの衆参の総務委員会の附帯決議には、こうある。 「小規模市町村において議員のなり手不足が深刻であることを踏まえ、適正な水準の議員報酬の在り方について、 各地方公共団体における検討に資するよう、取組事例の紹介に取り組む」[20]。
報酬が論点になっている。では大洲市はいくらか。
条例に書いてある。大洲市議会議員の議員報酬等に関する条例により、 議長は月額447,000円、副議長は370,000円、議員は344,000円。ほかに期末手当がある[10]。
2024年に定数を3人減らしたとき、議会運営委員会は報酬を現状維持とした。 アンケートでも「昨今の景気の動向や必要な経済状況を勘案すると現状維持が妥当」という意見が多かったと説明されている。 定数と報酬をセットで検討し、片方だけ動かした形になる[13]。
これを高いと見るか低いと見るかは、この記事では判断しない。 書いておきたいのは、大洲市議会が2023年から2024年にかけて、定数と報酬を同じテーブルで議論し、 その会議を公開したうえで決めたという事実のほうだ。 委員長は「開かれた議会を基本とし、全ての会議内容をオープンにして」と説明している[13]。
なお、2024年の質疑では、女性団体から議会に申入れがあったことも取り上げられている。 定数が減ると1人が当選するのに必要な票が増え、立候補のハードルが上がる、という趣旨だった。 これに対する答弁は「男性、女性にかかわらず意欲ある方が立候補していただくことが望ましい」というものだった[13]。
投票率の話をする前に、分母のほうを見ておきたい。
大洲市選挙管理委員会は、3月・6月・9月・12月の定時登録のたびに選挙人名簿登録者数をPDFで公開している[6]。 ネット上に残っているのは平成30年6月からだ。年ごとの比較をそろえるため、毎年6月1日の分だけを拾った。
37,530人(2018年)から32,881人(2026年)へ。8年で4,649人減った。率にすると12.4%。 1年あたりの減りは527人から665人のあいだにおさまっていて、9つの数字が一度も前の年を上回っていない。
同じPDFには、大洲・長浜・肱川・河辺の地区別の小計も載っている。ここを比べると、減り方がそろっていないことが分かる。
図6: 地区別の有権者の減少率(2018年6月→2026年6月)。旧町村側が全部、市全体の線の外にある
合併で自分の議会を手放した3地域のほうが、速く減っている。 河辺地区の有権者は、いまや460人しかいない。18人の議員が1人あたり2,189人を受け持つ計算でいくと、 河辺全体でも1人分に届かない。 2024年の反対討論で「肱川、河辺の人口を足しても2,284人」「2つの町を1人で見ることになる」と 言われていたのは、この構造のことだ[13]。
投票率が横ばいでも、投票する人の数は毎年減っていく。2021年と2025年の市議選を比べると、 投票率の差は0.31ポイントしかない。だがそのあいだに、選挙人名簿の登録者は2,439人減っている。 この記事で数字を並べていて、いちばん静かに効いてくる事実だった。
最後に、いちばん新しい数字を見る。2026年4月26日の市長選挙。市選挙管理委員会の投票結果を開くと、こうなっている[2][4]。
| 項目 | 2025年 市議選 | 2026年 市長選 |
|---|---|---|
| 当日有権者数 | 32,911人 | 32,399人 |
| 当日投票所での投票 | 10,976人 | 8,462人 |
| 期日前投票 | 8,694人 | 9,882人 |
| 投票者数(計) | 19,670人 | 18,344人 |
| 投票率 | 59.77% | 56.62% |
図7: 当日投票と期日前投票。2026年の市長選で、期日前が当日を追い越した
2026年の市長選では、期日前投票のほうが多い。 投票した18,344人のうち9,882人、53.9%が投票日より前に入れている[3]。前年の市議選では44.2%だった。
大洲市は2025年から大型店舗にも期日前投票所を開いている。 1年でここまで比率が動くのは、その影響が大きいと考えるのが自然だが、そこまで分解できる資料は見つからなかった。ここは推測である。
投票率そのものは、市議選が2013年の69.31%から2025年の59.77%まで、12年で9.54ポイント下がった。 市長選は投票のあった回だけ並べると、75.11%(2005) → 64.84%(2009年1月) → 72.40%(2009年9月) → 55.90%(2018) → 56.62%(2026)となる。 2026年は、前回投票が行われた2018年を0.72ポイント上回っている[23]。 一直線に下がっているわけではない。
正直に3つ挙げておく。
2005年10月の市議選の立候補者数と投票率。市の公開データが遡れず、市議会だよりにも載っていなかった。 合併からまだ21年なのに、最初の選挙の投票率がもう分からない。
合併前の旧大洲市・旧3町村の選挙記録。ネット上では一次資料に行き着けなかった。
期日前投票が1年で44.2%から53.9%へ増えた理由の分解。 大型店舗の期日前投票所の影響が大きいと思われるが、投票所別の内訳は公開資料に無かった。
数え終わって、いちばん意外だったのは2009年の市議選だった。
定数25に立候補25人。1票も投じられずに議会が入れ替わった。 しかも同じ日に、市長選のほうは1万5千対1万3千の接戦だった。 同じ有権者が、同じ投票所で、片方の紙だけを受け取っている。
無投票というと「関心が薄い」という話にされやすい。でもこの日の大洲は、市長選のほうに72.40%が来ている。 関心の量ではなく、立候補した人の数の問題だったことが、この一日にきれいに出ている。
もうひとつ腑に落ちたのは、定数を決めているのが結局のところ近隣との比較だったことだ。 2024年のアンケートで挙がった理由は「人口減少」と「近隣との比較」の2つ。 全国市議会議長会の平均17.9人という数字が、21人を18人に動かす決め手のひとつになっている。 人口が近い市の平均に寄せる、という決め方は、たしかに分かりやすい。 ただ、その平均は他の市が同じように「近隣に合わせて」決めた数字の集まりでもある。
そして、2005年の記録がもう手に届かないところにある、というのが正直な感想だ。 合併からまだ21年しか経っていない。それでも、最初の選挙の投票率は市のサイトからは分からなかった。 紙の広報と議会だよりの保存分だけが手がかりになる。選挙の記録は、思っているより早く見えなくなる。
出典