大洲の自由研究 #16
大洲市の面積は43,212ヘクタールある。そのうち田畑は2,650ヘクタール。市域のわずか6.1%しかない。 残りの72.9%は山林である。 では、その6.1%は昔からこの広さだったのか。 調べたら、まったく違った。31年前は倍近くあった。数えてみると、2,265ヘクタールが消えていた。
大洲の田畑は2,650ヘクタール。市の面積の6.1%しかないんよ。
31年前は倍近くあって、2,265ヘクタールが消えとった。
農業をやっとる人も、25年で3分の1になっとる。
先に、数え方を書いておく。ここを飛ばすと、この記事の数字は読めない。
大洲市は2005年1月11日に、旧大洲市・長浜町・肱川町・河辺村の4市町村が合併してできた。 だから2004年より前の統計は、この4つを足さないと今の大洲市にならない。 農林水産省が公開している「耕地面積累年統計」には、旧市町村ごとの数字が1993年(平成5年)から残っている[14][15][16][17][18]。 この4つのファイルを落として足した。1993年から2003年までの11年分は、その足し算の結果である。 2004年以降は合併後の大洲市の値がそのまま使える。
取れたのは1993年からだった。それより前、1970年代や1980年代の市町村別の数字は探したが見つからなかった。 国のe-Statに個別ファイルとして載っている農林業センサスは2000年からで、それ以前の市町村別統計は電子化されていない。 農業集落カードには1970年からのデータがあるはずだが、市区町村単位で取り出せる形では公開されていなかった。 だから「50年」ではなく「31年」の記事になっている。ここは正直に書いておく。
農業をやっている人の数は、農林業センサスの「農業経営体数」で追った。 2000年と2005年は大洲市統計書の平成22年版、2010年と2015年は同じく平成29年版、 2020年と2025年は愛媛県が公表している市町別の統計表から取った[4][6][11][13]。 どれも合併後の市域に合わせた数字である。
もうひとつ、大事な注意がある。市町村別の耕地面積は「加工統計」である。 e-Statの注記にこう書いてある。 「都道府県計値の内訳として市町村別に配分することにより作成した加工統計であり、 市町村別の値を目的として設計された調査に基づいて直接得られたものではない」[18]。 つまり、県全体の数字を市町村に割り振ったものだ。 1ヘクタール単位の精度を求める数字ではない。傾きを見る数字である。
まず、田畑の広さから。単位はヘクタール。
| 年 | 耕地面積 合計 | 田 | 畑(樹園地を含む) | うち樹園地 |
|---|---|---|---|---|
| 1993 | 4,915 | 1,696 | 3,219 | 2,170 |
| 1994 | 4,835 | |||
| 1995 | 4,715 | 1,616 | 3,099 | 2,041 |
| 1996 | 4,667 | |||
| 1997 | 4,606 | |||
| 1998 | 4,484 | |||
| 1999 | 4,351 | |||
| 2000 | 4,226 | 1,471 | 2,755 | 1,622 |
| 2001 | 4,125 | |||
| 2002 | 4,005 | |||
| 2003 | 3,906 | 1,377 | 2,529 | 1,439 |
| 2004(合併後) | 3,850 | 1,360 | 2,490 | 1,410 |
| 2005 | 3,840 | 1,360 | 2,480 | 1,410 |
| 2024 | 2,650 | 905 | 1,740 | 内訳の公表なし |
表1: 大洲市の耕地面積。1993〜2003年は旧4市町村の合算[15][19]
図1: 耕地面積の推移。2005年と2024年のあいだの年次は表1に無いため、破線でつないである(年次があるように見せない)
1993年の4,915ヘクタールが、2024年には2,650ヘクタールになった。 減ったのは2,265ヘクタール、率にして46.1%。
2,265ヘクタールと言われてもぴんと来ない。幅1キロの帯にすると、22キロ分。 大洲の街から長浜の河口までの肱川沿いを丸ごと埋めるくらいの田畑が、この31年で農地でなくなった計算になる。
2005年から2024年までの19年で1,190ヘクタール減っている。1年あたり62.6ヘクタール。 毎年、東京ドーム13個分ずつ消えている勘定だ。
田と畑を分けて見ると、減り方はほぼ同じだった。田は1993年の1,696ヘクタールから2024年の905ヘクタールへ46.6%減。 畑も3,219ヘクタールから1,740ヘクタールへ45.9%減。 片方だけが崩れたのではなく、両方が同じ速さで減っている。
樹園地、つまりみかんやキウイの畑は、2005年までしか内訳が公表されていない。 それでも1993年の2,170ヘクタールが2005年に1,410ヘクタールで、12年で35%減っている。畑全体より速い。
全国と比べてみる。 全国の耕地面積のピークは1961年(昭和36年)の608万6,000ヘクタールだった[24]。 その後ずっと減り続け、1996年に499万4,000ヘクタールと500万ヘクタールを割った。 2018年に442万ヘクタール、2025年は423万9,000ヘクタールである[23]。
図2: 1996年から2024年の耕地面積の減少率。大洲は全国の3倍近いペース
全国の3倍近いペースで農地を失っている。これが大洲市の位置である。
県内で比べると、2024年の耕地面積は西条市5,490ha、松山市5,120ha、宇和島市4,400ha、今治市4,210ha、 西予市4,050ha、八幡浜市2,910ha、大洲市2,650ha、内子町1,690haの順[19]。 愛媛県全体は43,600ヘクタールで、大洲市はその6.1%を占める。
面白いのは中身の違いだ。八幡浜市の2,910ヘクタールのうち、田はたった22ヘクタールしかない。 ほぼ全部が段々畑のみかん園である。2025年のセンサスでも、八幡浜市の農業経営体1,239のうち1,224、 実に98.8%が「農産物の売上1位は果樹」と答えている[4]。
大洲市は違う。経営耕地は田35,867アール、畑36,328アール、樹園地29,799アールで、 三つがほぼ三等分になっている。米も野菜もみかんもある。それが大洲の農地の形である。
次に、農業をやっている人と組織の数。農林業センサスの「農業経営体数」で追う。
25年で2,717から874へ。67.8%減った。3分の1以下になっている。
減り方は途中で加速していた。2000年代の5年間は15〜17%ずつだったが、 2015年から2020年にかけては28.8%減っている。直近の5年は19.0%減で、少し緩んだ。
全国と比べる。2025年のセンサスで、全国の農業経営体は83万6,000経営体。5年前より24万経営体、22.3%減った[7]。 愛媛県は21,734から17,392へ20.0%減[5]。大洲市は19.0%減である。 減り方そのものは、全国や県よりわずかに緩やかだった。
つまり、農地は全国の3倍のペースで減っているのに、経営体の減り方は全国並み。 ここに大洲の特徴がある。人はそこそこ残っているが、その人たちが持ちきれない土地が増えている、と読める。
もうひとつ、見落とされやすい数字がある。2025年の大洲市の総農家数は2,169戸で、 そのうち販売農家は817戸しかない。残りの1,352戸、62%は「自給的農家」である[4]。 経営耕地30アール未満で、農産物の販売金額が年間50万円未満。売らずに作っている家のほうが、売っている家より多い。 田舎の「農家」という言葉が指しているのは、統計のうえでは主にこちらである。
ここが一番の落とし穴だ。農林業センサスの用語は、数十年のあいだに何度も定義が変わっている。 知らずに古い数字と新しい数字を並べると、実態と違う結論が出る。
| 年 | 変わったこと |
|---|---|
| 1990年 | 「販売農家」「自給的農家」の区分を導入。それまで東日本と西日本で違っていた農家の定義を一本化した。農家=経営耕地10アール以上または販売金額15万円以上。販売農家=経営耕地30アール以上または販売金額50万円以上[26] |
| 2005年 | 「農業経営体」という単位を導入。主役が「農家(世帯)」から「経営体(事業体)」に移った。法人や集落営農も同じ土俵で数えられるようになった |
| 2020年 | 「農業就業人口」を廃止。「基幹的農業従事者」の定義も変更。「専業・兼業別」の区分も廃止。「耕作放棄地」の調査項目そのものが消えた[9][27] |
| (通年) | 市町村別の耕地面積は加工統計、市町村別の農業産出額は推計値。どちらも県の値を按分して作られている[18][22] |
表2: 定義が変わった年。この前後で数字を直接つないではいけない
2020年の変更は特に効く。基幹的農業従事者の定義は、こう変わった。
大洲市統計書の令和5年版に、この注記がそのまま載っている[9]。 母集団が「農業就業人口」から「15歳以上の世帯員」に広がったので、 理屈のうえでは新しい定義のほうが多めに出るはずだ。それでも数字は減り続けている。
「耕作放棄地」の項目が消えたのも大きい。農林水産省の説明では、耕作放棄地は農家の申告による主観ベースの数字で、 2008年から農業委員会が客観的に把握する「荒廃農地」の調査が始まったため、重複を避けて廃止された[27]。 だから2015年を最後に、市町村別の耕作放棄地の時系列は途切れている。 代わりの荒廃農地調査は都道府県別までしか公表されていない。
ここで意外な数字が出てくる。農地も農家も半分になったのに、農業の売上は増えている。 農林水産省の「市町村別農業産出額(推計)」で、大洲市の11年分を並べる。単位は億円[20][21]。
| 年 | 合計 | 耕種計 | 米 | 野菜 | 果実 | 畜産計 | 豚 | 鶏 | 乳用牛 | 肉用牛 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | 80.0 | 44.9 | 5.3 | 18.9 | 12.4 | 35.2 | 13.0 | 13.4 | 5.3 | 3.4 |
| 2015 | 81.6 | 47.0 | 5.7 | 18.9 | 13.6 | 34.6 | 12.3 | 12.8 | 5.6 | 3.9 |
| 2016 | 87.0 | 53.7 | 6.6 | 23.5 | 15.3 | 33.3 | 12.0 | 11.8 | 5.4 | 4.1 |
| 2017 | 80.9 | 50.5 | 6.6 | 20.3 | 15.9 | 30.4 | 11.1 | 11.0 | 5.2 | 3.1 |
| 2018 | 76.3 | 47.5 | 6.5 | 19.5 | 13.8 | 28.7 | 9.6 | 10.9 | 5.1 | 3.1 |
| 2019 | 105.3 | 45.1 | 5.7 | 19.2 | 13.9 | 60.2 | 37.0 | 11.9 | 5.7 | 3.7 |
| 2020 | 111.2 | 45.7 | 5.7 | 20.0 | 13.6 | 65.6 | 42.9 | 12.0 | 5.4 | 3.4 |
| 2021 | 110.0 | 42.7 | 5.0 | 18.8 | 13.2 | 67.4 | 44.5 | 11.6 | 5.2 | 3.7 |
| 2022 | 114.3 | 44.2 | 5.1 | 19.4 | 14.4 | 70.1 | 46.5 | 11.8 | 5.2 | 4.0 |
| 2023 | 113.9 | 46.9 | 5.1 | 20.7 | 15.3 | 67.0 | 42.7 | 12.3 | 5.4 | 3.9 |
| 2024 | 124.4 | 55.0 | 7.6 | 31.6 | 12.5 | 69.5 | 47.9 | 12.6 | 7.1 | 1.9 |
図4: 農業産出額の内訳。2018年と2019年の間の破線は、按分に使うセンサスが切り替わる境目
2024年の大洲市の農業産出額は124.4億円。うち畜産が69.5億円で、全体の55.9%を占める。 そして畜産の中身は、ほとんどが豚である。豚だけで47.9億円。市の農業産出額の38.5%。
米は7.6億円で全体の6.1%しかない。果実は12.5億円。 「米どころ」でも「みかんの町」でもなく、数字のうえでは大洲は豚の町である。
ただし、この表には必ず注意して読むべき段差がある。 2018年の豚9.6億円が、2019年に37.0億円へ4倍近く跳ねている。 これをそのまま「1年で4倍になった」と読んではいけない。
市町村別農業産出額は推計値である。県全体の産出額を、農林業センサスなどで把握した市町村別の飼養頭数や作付面積で按分して作る。 その按分の基礎になるセンサスが2015年調査から2020年調査に切り替わる境目が、ちょうど2018年と2019年の間にある。 農林水産省のサイトにも「2020年農林業センサスの公表値訂正に伴い、令和元年〜5年市町村別農業産出額(推計)を遡及して推計した」と書かれている[22]。
では実際の豚は増えていないのか。増えている。数字を追うとこうなる。
| 年 | 大洲市の豚の飼養頭数 | 出典 |
|---|---|---|
| 2010年2月 | 12戸・32,200頭 | 市の答弁(2010年3月定例会)[28] |
| 2015年 | 約45,000頭 | 市議の発言(2015年12月定例会)[33] |
| 2020年2月 | 11経営体・75,754頭 | 2020年農林業センサス[6] |
| 2025年2月 | 8経営体・45,105頭 | 2025年農林業センサス[4] |
表4: 豚の飼養頭数の推移
2015年から2020年で頭数は1.7倍になっている。 だから「実際に増えた」と「按分の基礎が変わった」の両方が段差に効いていると読むのが正しい。 4倍という見かけの数字だけを取り出すのは、統計の誤読になる。
2020年の75,754頭は、愛媛県全体の225,288頭の33.6%にあたる。 県内の豚の3頭に1頭が大洲市にいた。 ブロイラーも2020年に1,083,000羽の出荷があり、県全体の46.5%を占めていた[6]。
なぜ豚が増えたのか。市議会の会議録に、その答えが残っている。
2011年3月の定例会で、市長が予算の提案説明でこう述べている。 「平野地区に大規模な養豚施設の建設が予定されております。この企業は県外からの進出であり、 地域畜産業の活性化及び地元雇用の増大が期待される事業所であります」[29]。
同じ議会の委員長報告には、もっと具体的な数字がある。 「当施設は牧場跡地を有効利用するとともに、耕作放棄地の解消に寄与し、また地域環境に配慮した施設整備を行うもので、 23年度中に完成、24年度には出荷を開始する予定であり、年間2万5,000頭を出荷する計画である」[30]。
同年9月の定例会では、産業経済部長が規模を答えている。 「平野町で約12ヘクタールの土地に母豚1,000頭規模の一貫経営の養豚施設の建設が計画されております」[32]。 窓のないウインドレス施設、光触媒ネットによる悪臭対策、活性汚泥式浄化槽で雨水以外は場外に出さない設計だと説明されている。 2013年12月の市長答弁には「八幡浜管材協同組合、JA関連の養豚場の進出」という言い方が出てくる[34]。 企業誘致の成果として語られていた。
つまり、大洲の農業産出額を押し上げたのは、農家が頑張った結果というより、企業が進出した結果である。 しかも建設地は牧場跡地と耕作放棄地だった。 減り続ける農地の一部が、養豚場になって売上に変わった、とも読める。
ただし2025年のセンサスでは、豚は8経営体45,105頭まで減っている。2020年の75,754頭から4割減った。 何があったのかは、公表資料からは分からなかった。 2026年3月の定例会で豚熱のワクチン接種補助と野生動物への感染が議論されているので、 防疫上の理由が関係している可能性はある[45]。ただしこれは推測である。 産出額のほうは2024年に47.9億円と表のなかで最高になっており、頭数が減っても金額は落ちていない。
2025年のセンサスを、経営耕地の広さで並べ直す[4]。
図5: 経営耕地1,020haの持ち主の内訳(2025年)。たった1経営体が13.8%を持っている
1ヘクタール未満が613経営体で、全体の70%。これが大洲の農業の平均的な姿である。
そして100〜150ヘクタールを経営している経営体が、1つだけある。 その面積は14,100アール、つまり141ヘクタール。 市内の経営耕地10万1,994アールの、13.8%を1つの経営体が持っている。
これは2020年にはなかった。2020年のセンサスでは、大洲市で一番大きい階層は10〜20ヘクタールで3経営体、 20ヘクタール以上はゼロだった[6]。 この5年のあいだに、141ヘクタールを預かる主体が現れている。
これが誰なのかは統計からは分からない。 ただ、市議会では2018年3月に「現在、市内には国営団地を中心に、15社の会社法人、2つの農事組合法人が 参入いたしております」という答弁がある[40]。 国営パイロット事業で造成された32団地・279ヘクタールの畑に、企業が入っている[36]。 その延長線上にある可能性は高いが、断定はできない。
売上の側から見ても、同じ二極化が出ている。
図6: 農業経営体を売上の大きさで並べる(2025年)。40%が「販売なし+50万円未満」、その一方に1億円以上が15ある
売上50万円未満が291、販売なしが61。合わせて352経営体、全体の40%。 いっぽうで1億円以上が15経営体あり、うち6経営体は5億円以上売っている[4]。
874のうち15が、市の農業産出額124億円のかなりの部分を作っている。 残り859は、その横で1ヘクタール未満の田畑を守っている。 同じ「農業経営体」という言葉に、まったく違う二つのものが入っている。
年齢の話に移る。基幹的農業従事者――ふだん仕事として主に自営農業に従事している人――の数はこうなっている。 2010年に2,512人、2015年に1,960人、2020年に1,505人、2025年に1,119人[4][11]。 15年で55.5%減った。 2025年12月の市議会で議員が「平成22年に2,512人であった基幹的農業従事者数が令和2年には1,505人と10年間でマイナス40%」と 指摘している[44]。その5年後、さらに386人減った。 全国も同じ方向で、2010年の約205万人が2020年に136.3万人、2025年は102.1万人である[8]。
ここで、別の調査の数字も並べておきたい。同じ2020年、国勢調査で「仕事は農業」と答えた大洲市民は 1,900人いる[1]。センサスの基幹的農業従事者1,505人より400人ほど多い。 さらに令和3年の経済センサスで市内の農林漁業の従業者を数えると、446人しかいない[2]。 同じころの同じ市の話なのに、1,900・1,505・446と4倍以上ひらく。数えているものが違うからだ。
国勢調査は「その人がふだん主にしている仕事」を本人の申告で聞くので、売らずに作っている自給的農家も、 勤めのかたわら畑に出る人も農業に入る。 センサスの基幹的農業従事者は「農業経営体の世帯員のうち、ふだん仕事として主に自営農業に従事している人」なので、 経営体という枠に入らない人は数えない。 経済センサスにいたっては個人経営の農業・林業・漁業を調査の対象から外しているので、法人と、そこに雇われている人しか残らない[3]。 どれが正しいという話ではなく、「農業で働く人」という言葉が3通りに数えられている、ということである。 国勢調査で産業別の就業者を40年分追った記事は別に書いたので、 そちらの数字とこの記事の数字が合わないのは、この理由による[37][38]。
2025年の平均年齢は69.0歳。愛媛県全体(69.1歳)とほぼ同じで、内子町(70.8歳)より若く、 八幡浜市(63.4歳)よりかなり高い[4]。 みかん専業の八幡浜と、複合経営の大洲では、5歳以上の差がついている。
ここで一つ、意外な発見があった。65歳以上の割合は75.1%から72.7%へ、わずかに下がっている。 そして50歳未満の実数は121人から122人へ、ほぼ横ばいだった。
若い人が増えたわけではない。年寄りが減ったから、割合が下がった。 65歳以上は1,131人から814人へ317人減っている。50歳未満はほとんど動いていない。 高齢化率という指標は、上の世代が引退すると勝手に下がる。この数字はそういう性質のものだ。 「高齢化率が改善した」と読むと間違える。
後継者はどうか。2025年のセンサスには「農業後継者の確保状況」という項目がある。大洲市の874経営体のうち、 後継者を確保しているのは269経営体(30.8%)、確保していないのは605経営体(69.2%)[4]。
確保している269のうち260は親族である。親族以外の経営内部の人材は5、経営外部の人材は4しかない。 後継ぎは、いまも圧倒的に「息子・娘」である。外から継ぐ人は、市内全体で9人しかいない。
さらに細かく見ると、「5年以内に後継者に引き継ぐ意向がある」と答えた経営体が179ある。 そのうち39は、まだ後継者を確保していない。 5年以内にやめるつもりだが、渡す相手がいない。それが39ある。
では、入ってくる人はどれだけいるのか。 2025年12月の市議会で、市長が実績を答えている。 「令和2年から令和6年までの5年間で、就農相談数は121件、新規就農者数は35人となっております」[44]。
5年で35人。年に7人である。
同じ議会の別の日には、内訳も出ている。「令和2年度から令和6年度までの5年間において、市内での新規就農者は35人いらっしゃいますが、 そのうちIターンでの就農者は6人となっております」[43]。 残る29人は市内や県内から、ということになる。
移住との組み合わせは、まだうまくいっていない。 「この補助金を活用して本市に移住された方の状況としまして、直近の令和6年度におきまして、 県外移住者が11世帯、県内移住者が21世帯となっておりますが、 残念ながら農林水産業への就業はございませんでした」という答弁もあった[43]。
支援の仕組み自体はそろっている。愛媛県・JA愛媛たいき・大洲市の3者でサポートチームを組み、 就農相談から営農計画の作成、機械やハウスの整備まで支援している。 JAが出資する研修施設「株式会社Pi-Nokyoたいき」があり、市は国の準備資金に同額を上乗せして研修生を確保しようとしている[44]。 市単独でも、50歳以上の移住者が新たに農業を始める場合の機械・施設補助を令和6年度に作った[43]。
それでも年7人。同じ5年間で経営体は205減っている。7人入るあいだに、41経営体が消える計算になる。
農地を面で守る仕組みとしては、中山間地域等直接支払制度がある。 傾斜地など条件の不利な農地で、集落がまとまって水路や農道の補修、草刈りをすることに交付金を出す制度だ。 ここでも集落数が落ちている。交付対象の集落は令和元年度の64から、令和7年度には47になった[42][43]。 令和4年度の交付額は5,377万5,693円、令和6年度は5,340万7,000円。金額はほぼ横ばいだが、集落は減っている[41]。 第4期から第5期に更新するとき、9集落が抜け、参加者は23.6%減った。 市はその理由を「高齢化による担い手労働力不足や、集落をまとめるリーダーが不在」と分析している[41]。
大洲市には農業集落が363ある[25]。そのうちこの制度を使っているのは47集落、13%である。
ここが、この記事の一番知りたかったところだ。2,265ヘクタールは、どこへ行ったのか。
まず、宅地や工場になった分――農地転用を数える。 市の統計書に、農地法4条・5条に基づく許可の合計が載っている[9][10][11][12][13]。
図8: 農地転用の許可面積(棒)と、耕地面積の年間減少量の平均(横線)。転用で説明できるのは1割ほどしかない
転用は年に5〜10ヘクタール。一方、耕地面積は2005年から2024年まで年平均62.6ヘクタール減っている。 転用で説明できるのは、減った分の1割程度でしかない。 残りの9割は、宅地にも工場にもならず、ただ作られなくなった土地である。
太陽光パネルになった分がどれだけあるかは、調べたが分からなかった。 農地転用の統計に、転用後の用途別の内訳は市町村単位で公表されていない。 2014年12月の議会で、農地に支柱を立てて上に太陽光を置く「ソーラーシェアリング」の一時転用許可が話題になっているので、 制度としては存在する[35]。 だが大洲市で何ヘクタールがそうなったかは、公開資料からは追えなかった。
では作られなくなった土地はどうなっているのか。多くは、農地のまま荒れている。 センサスの「耕作放棄地面積」を見ると、大洲市は2005年に676ha、2010年に702ha、2015年に665ha。 注目すべきは、耕作放棄地の4割前後を「土地持ち非農家」が持っていることだ[11][12]。 もう農業をやめた人が、農地だけを持ち続けている。売れないし、貸せないし、山に戻すこともできない。
なぜ山に戻せないのか。2017年12月の議会で、まさにその質問が出ている。 「山林化への簡易的な移行」ができないかという問いに、市はこう答えた。 「転用規制が厳格化されておりまして、植林などを行うに当たっても制約により転用は容易でないのが現状でございます」[39]。 農地を守るための規制が、農地をやめる手続きのほうも塞いでいる。だから統計上は農地のまま、実態は藪になる。
市が独自に調べている耕作放棄地の数字も、この事情を映している。 平成27年741ha、平成28年678ha、平成29年669ha[39][40]。 一見、減っている。だが市の説明はこうだ。 「これは再生が見込まれない農地を非農地扱いとして整理していることなどの要因が重なりまして、 一時的に数字が減少したもので、実質的には荒廃農地、遊休農地が減少しているという状況にはなく、 増加を続けているのが現状であろうと考えております」(2017年12月定例会)[39]。
もう二度と畑に戻らないと判断された土地を、統計から外している。だから減って見える。 2020年3月の議会でも、同じ説明が繰り返されている[41]。
なぜ荒れるのか。市が挙げる理由は3つだ。高齢化による労働力の低下、担い手の不足、 そして有害鳥獣の被害による営農意欲の低下。 2011年6月の議会では、議員がこう述べている。 「農作物をつくってもイノシシに先を越され、イノシシとの戦いに疲れて農地転用をしたい人が多くなり、 正式申請でなくても無断転用も多くなっているようです」[31]。 統計に出てくる年6ヘクタールの転用の外側に、記録されない撤退がある、ということになる。
もうひとつ、数字の食い違いも書いておく。2016年3月の議会で、市は 「平成27年度の農地基本台帳システム集計によると4,933ヘクタール」と答えている[36]。 同じころの耕地面積統計は3,000ヘクタール台前半のはずだ。 台帳のうえでは農地、統計のうえでは耕地でない土地が、1,500ヘクタール以上ある。 二つの数字は、それぞれ別のものを数えている。台帳は「登記や台帳のうえで農地とされている土地」、 耕地面積統計は「実際に作物を作っている土地」である。この差そのものが、荒れた農地の量にかなり近い。
最後に、傾きから先を見てみる。ここから先はすべて推計である。 単純に一定率や直線で伸ばしただけで、政策も価格も災害も織り込んでいない。そのつもりで読んでほしい。
農業経営体。直近5年の減少率は19.0%だった。この率がそのまま続くと仮定すると、 2030年に708、2035年に574、2040年に465、2045年に377、2050年に305になる。 いまの半分になるのは2040年代の前半。 直近3回の平均(-23%)で計算するともっと速く、2040年に399まで落ちる。
基幹的農業従事者。2025年に1,119人いて、うち814人が65歳以上である。 この814人が20年でほぼ引退すると仮定すると、残るのは305人。 そこに新規就農が年7人のペースで20年入ると140人足されて、2045年に445人。いまの4割である。
耕地面積。2005年から2024年の平均ペース、年62.6ヘクタール減がそのまま続くとすると、 2,650ヘクタールが半分の1,325ヘクタールになるのは2045年ごろ。ゼロになるのは2060年代の半ばになる。
もちろん、そう単純には進まない。141ヘクタールを持つ経営体のような集約が進めば、 農地は減らずに担い手だけが減る形もありうる。 実際、2020年から2025年にかけて、大洲市の経営耕地面積は1,021ヘクタールから1,020ヘクタールでほぼ横ばいだった[4][6]。 経営体は19%減ったのに、面積は動いていない。 1経営体あたりの経営耕地は97.6アールから119.4アールへ、22%広がっている。
減っているのは「農地」ではなく「農地を持てる人」なのかもしれない。少なくとも直近5年に限れば、そう読める。
正直に4つ挙げておく。
1992年以前の市町村別の耕地面積。e-Statの累年統計は1993年からで、それより前は電子化されていない。 もし大洲市の図書館や市役所に古い統計書が残っていれば、この記事の表はもっと長くなる。そのときは書き足したい。
太陽光パネルになった農地の面積。転用後の用途別の内訳は市町村単位で公表されていなかった。
豚が2020年から2025年で4割減った理由。豚熱に関する議論はあるが、断定できる資料は見つからなかった。
141ヘクタールの経営体が誰なのか。統計は個別の経営体名を出さない。 国営団地への企業参入の延長線上にある可能性が高いが、確認はできなかった。
調べる前は、「大洲は米とみかんの町で、両方が細っている」という絵を想像していた。 数字はその通りだった部分と、まったく違った部分があった。
違ったのは稼ぎ方だ。産出額の4割近くを豚1品目が占めている。米は6%しかない。 市の農業産出額はこの10年で80億円から124億円へ増えており、農地と農家が半分になったことと真逆の方向に動いている。 増えた分はほぼ全部、企業が進出した養豚と、それに続く畜産だった。 「大洲の農業が縮んでいる」と「大洲の農業の売上が伸びている」は、どちらも本当である。
腑に落ちたのは、農地の行方だ。転用は年6ヘクタール、減少は年62ヘクタール。1割しか説明できない。 残りは宅地にも太陽光にもならず、農地のまま藪になっている。 しかも山に戻す手続きは規制で塞がれていて、もう戻らないと判断されたときに初めて「非農地」として統計から消える。 消えた農地は、どこかへ行ったのではなく、その場に残っている。ただ、誰も作っていないだけだ。
もうひとつ、数字を並べていて手が止まったところがある。 2025年、874経営体のうち後継者がいないのは605。5年以内にやめるつもりで、渡す相手がいない経営体が39ある。 その一方で、5年間に新しく就農した人は35人。 39と35という数字が、ほとんど同じ大きさで並んでいるのが、妙に印象に残った。
出典