大洲の自由研究 #19

肱川の水位を38年分、1時間ずつ数えた。「氾濫危険水位」を超えたのは5回だった

肱川の水位は、1時間ごとに記録されている。その記録は、誰でも無料でダウンロードできる。 では、大洲の街の真ん中で「氾濫危険水位」を超えたのは、これまでに何回あったのか。 前もって数えたことのある人は、たぶんいない。 数えてみた。38年間で5回だった。

読了目安 20〜25分 公開: 2026/09/03 33万時間の独自集計を含みます
メモう

肱川の水位は1時間ごとに記録されとって、誰でも無料で落とせるんよ。

街の真ん中で氾濫危険水位を超えたんは、38年5回だけやった。

2018年7月7日は、11時間4m上がっとる。

どこの水位計を、どうやって数えたか

使ったのは国土交通省の水文水質データベース[1]。 全国の観測所の雨量・水位・流量が、1時間ごとの値までCSVで落とせる。利用に許可はいらない。

肱川水系で「水位流量」を観測している観測所を検索すると、22か所が出てくる。 大洲市内だけでも大川、大洲、大洲第二、五郎、長浜、新谷、坊屋敷、粟津、白滝、大和、平野と並ぶ。 このうち、この記事の主役は大洲第二水位観測所にした[2]。理由は3つある。

1つめ。場所が肱川橋の下流5m、大洲の市街地のど真ん中にある。河口から18.69km。 市が避難情報を出すときの基準地点でもある[4]。 2つめ。4つの基準水位がすべて設定されている。あとで書くが、肱川の観測所には基準水位が設定されていないものも多い。 3つめ。1988年から記録がある。他の大洲市内の観測所は2003年からのものが多い。

なお、1988年より前――水位計が1時間ごとの記録を残していない時代の水害については、 江戸期からの洪水記録を年表にした別の記事にまとめたので、そちらに譲る。

集計対象にしたのは、1988年1月1日1時から2025年12月31日24時までの33万3120時間。 このうち欠測・閉局を除いた有効な値は33万1477時間(99.5%)だった。 データベースの期間指定は最大31日までしかできない。そこで1か月ずつ456回に分けてダウンロードし、 プログラムでつなぎ直して集計している。手では数えていない。

数え方の定義

10分値でも1時間値でも、1回の出水で水位は基準を何度も行き来する。 そのまま数えると1回の洪水が何十回にもなってしまう。そこでこう決めた。

基準水位以上になった時刻から、基準を下回ったまま24時間が経過するまでを「1回の出水イベント」と数える。

この「24時間」の取り方で結果がどれだけ変わるかも確かめた。 あける時間を6時間にすると水防団待機超えは114回、12時間で111回、24時間で109回、48時間で104回、72時間で102回。 氾濫危険水位を超えた5回は、どう区切っても5回だった。 数え方の恣意性で結論が動かないことは確認できている。

零点高が2009年に変わっている

もうひとつ確かめたことがある。 水位計の「0m」がどこかを示す零点高は、大洲第二では2009年4月1日に T.P. 9.380m から T.P. 9.607m に変わっている[2]。 もし記録された数値そのものが付け替えられていたら、2009年3月31日24時と4月1日1時の間に0.227mの段差ができるはずだ。 実際に見てみると、2009年3月31日24時が0.36m、4月1日1時も0.36mだった。段差はない。 量水標の目盛りの読み値としては連続しているので、38年分をそのまま並べて数えてよい、と判断した。

肱川の水位計と、4つの基準

数える前に、基準がいくつあるのかを押さえておく必要がある。 洪水のときの水位には、下から順に4つの名前がついている。 水防団待機水位(水防団が待機を始める)、氾濫注意水位(水防団が出動する)、 避難判断水位(市町村が高齢者等避難の発令を判断する)、 氾濫危険水位(市町村が避難指示の発令を判断する)である。

肱川水系で、この基準値が実際に設定されている観測所は次のとおりだった(2026年8月時点)[4]

観測所河川所在地零点高(T.P.)水防団待機氾濫注意避難判断氾濫危険
荒瀬肱川西予市野村町野村102.940m3.1m4.4m4.5m5.7m
大川肱川大洲市大川26.495m3.3m4.5m5.2m6.45m
大洲第二肱川大洲市大洲(肱川橋下流5m)9.607m2.8m3.8m5.4m7.1m
新谷矢落川大洲市新谷11.670m1.5m2.2m2.65m3.15m
内子小田川内子町知清46.989m2.5m3.0m3.5m3.9m
五郎肱川大洲市東宇山2.664m5.2m6.5m(設定なし)(設定なし)
大洲肱川大洲市菅田町大竹9.234m(設定なし)(設定なし)(設定なし)(設定なし)
長浜肱川大洲市長浜−1.837m(設定なし)(設定なし)(設定なし)(設定なし)

表1: 肱川水系の水位観測所と基準水位。大洲第二の計画高水位は8.513m[4]

ここで大事なのは、観測所によって数字がまったく違うということ。 大洲第二の3.8mと新谷の2.2mは、どちらも「氾濫注意水位」だ。 水位の数字そのものには意味がなく、その観測所の基準と比べてはじめて意味が出る。 零点高もばらばらで、長浜はマイナス1.837m。海面より下に0mがある。

上流へ 0km 10km 20km 30km 40km 50km 60km 河口からの距離 長浜 0.82km 五郎 12.85km 大洲第二 18.69km 大洲 20.70km 荒瀬 58.76km 2018年7月7日のピーク水位(それぞれの観測所の零点からの高さ。互いに比べられない) 3.90m 15時 10.74m 13時 8.04m 12時 11.15m 12時 4.49m 6時で欠測 鹿野川ダム 大洲より上流 野村ダム 荒瀬のすぐ上流 本川の外(支川の観測所と建設中のダム) 新谷(矢落川3.22km) 2.98m/6時 ・ 内子(小田川) 3.55m/8時 山鳥坂ダム(河辺川・2032年度完成目標) 河口からの距離は川の防災情報の観測所諸元。ダムは本川のどこより上流かだけを示した模式図

図1: 肱川の水位計はどこにあるか(河口からの距離による模式図)。ダムの位置は上下流の関係だけを示した

38年分を数えた結果

大洲第二の1988年〜2025年、38年分を数えた結果がこれである。

基準水位出水イベント回数年あたり
水防団待機水位2.8m109回2.9回
氾濫注意水位3.8m41回1.1回
旧・避難判断水位4.8m17回0.45回
新・避難判断水位5.4m5回0.13回
旧・氾濫危険水位5.8m5回0.13回
新・氾濫危険水位7.1m1回0.03回

表2: 基準別の出水イベント回数(1988〜2025年・独自集計)

0m 1m 2m 3m 4m 5m 6m 7m 8m 9m 水防団待機 2.8m 氾濫注意 3.8m 旧・氾濫危険 5.8m 新・氾濫危険 7.1m(2024年6月〜) 2018年 8.04m 2004年 6.84m 1988 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 大洲第二水位観測所の年最高水位(1988〜2025年)。水文水質データベースの時刻水位から独自集計

図2: 大洲第二の年最高水位38年分。2018年の8.04mだけが突き抜けている

38年のうち、氾濫注意水位を一度も超えなかった年が16年ある。 つまり、超えた年は22年。おおむね2年に1年は「水防団が出動する水位」まで上がらずに終わっている。

41回の出水がいつ起きたかを月で見ると、5月2回、6月8回、7月12回、8月4回、9月12回、10月3回。 11月から4月までは38年間で1回もない。

0回 2回 4回 6回 8回 10回 1988 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 水防団待機水位2.8mを超えた出水(計109回) 氾濫注意水位3.8mを超えた出水(計41回) 1回の出水=基準超過から24時間下回り続けるまで。0の年が16年ある(3.8m超)

図3: 年別の出水イベント回数。0の年もめずらしくない

表3: 年ごとの全記録(1988〜2025年・開く)
年最高水位(m)その日2.8m超の出水3.8m超4.8m超5.8m超
19885.196月25日4210
19894.849月19日3210
19904.559月19日3100
19913.537月5日2000
19923.318月8日2000
19935.307月28日9620
19941.697月26日0000
19955.847月4日1111
19964.587月20日3200
19973.959月16日2100
19985.2010月18日2110
19993.716月25日6000
20003.316月28日3000
20012.926月20日1000
20022.015月16日0000
20033.278月14日4000
20046.848月31日7331
20056.469月6日3211
20063.856月23日6100
20073.967月7日4200
20082.155月29日0000
20093.538月10日2000
20103.005月24日1000
20116.199月21日5211
20123.187月3日2000
20134.8310月25日2210
20143.868月10日1100
20153.849月1日2100
20163.506月23日3000
20175.229月17日3110
20188.047月7日4321
20193.568月16日2000
20204.997月7日3210
20214.107月18日4200
20223.749月19日1000
20235.267月1日4210
20244.255月28日4100
20253.108月11日1000

氾濫危険水位を超えた5回

当時の氾濫危険水位である5.8mを超えたのは、次の5回だった。

ピーク水位5.8m以上だった時間
1995年7月4日 11時5.84m1時間
2004年8月31日 1時6.84m7時間
2005年9月6日 23時6.46m6時間
2011年9月21日 1時6.19m5時間
2018年7月7日 12時8.04m8時間

表4: 旧・氾濫危険水位5.8mを超えた5回の出水(独自集計)

1995年は7月洪水(床上浸水768戸)、2004年は台風16号、2005年は台風14号、2011年は台風15号。 いずれも肱川の主要洪水として国の資料にも載っている出水だ[5]

平成30年7月豪雨だけが特別なのか。数字はこう答える。 5回のうち4回は6.19m〜6.84mの範囲にかたまっている。2018年の8.04mだけが、そこから1.2m以上高い。 計画高水位8.513mまで、あと47cmのところまで来ていた。

なお、この8.04mは1時間ごとの記録から取った最高値である。 国土交通省が10分値などから確定させた実績最高水位は8.11m[5][6]。 1時間刻みで見ると、本当の頂点はわずかに取りこぼす。

増えているのか

10年ずつに切ってみた。

期間2.8m超3.8m超4.8m超5.8m超年最高水位の平均
1988-1997(10年)29回15回5回1回4.28m
1998-2007(10年)36回9回5回2回4.15m
2008-2017(10年)21回7回3回1回3.93m
2018-2025(8年)23回10回4回1回4.63m

表5: 10年区切りの出水回数(独自集計)

回数が右肩上がりに増えている、という形にはなっていない。 直近8年の年最高水位の平均がいちばん高いが、これは2018年の8.04mが1本入っているためで、 中央値でみると4.17mと、1988-1997年の4.56mより低い。 38年という長さでも、「増えている」と言い切るには足りない。ここは正直にそう書く。

2018年7月7日、11時間で4m上がった

大洲第二の1時間ごとの記録を、2018年7月5日から追ってみる。 7月5日18時に2.44mまで上がったあと、いったん引く。 6日9時に3.48m、10時に4.14mと一気に上がり、12時に4.59mでいったん止まる。ここまでで氾濫注意水位は超えている。 本番は翌7日だった。

0m 1m 2m 3m 4m 5m 6m 7m 8m 9m 氾濫注意 3.8m 旧・氾濫危険 5.8m(当時) 新・氾濫危険 7.1m(現在) 7月5日18時 6日12時 7日1時 12時 20時 12時 8.04m 1時 3.95m 11時間で+4.09m 大洲第二の水位(2018年7月5〜7日)。点は本文の表にある時刻のみで、間は直線でつないだ。20時の値はピークからの低下量4.04mから求めた

図4: 2018年7月5〜7日の大洲第二の水位。点は本文の表にある時刻のみで、間は直線でつないだ

7日1時の3.95mから12時の8.04mまで、11時間で4.09m上がっている。 そして12時から20時までの8時間で4.04m下がった。上がるのも下がるのも同じくらい速い。 現在の基準である7.1mを超えていた時間は、11時から14時までの4時間だった。

各観測所のピークを並べると、水がどう下ってきたかが分かる。

観測所河口からの距離2018年7月7日のピーク時刻
荒瀬(西予市野村町)58.76km4.49m6時(以降欠測)
大川(大洲市大川)7.29m8時
新谷(矢落川)3.22km2.98m6時
内子(小田川)3.55m8時
大洲(菅田町大竹)20.70km11.15m12時
大洲第二(肱川橋)18.69km8.04m12時
五郎(東宇山)12.85km10.74m13時
長浜(河口)0.82km3.90m15時

表6: 2018年7月7日の各観測所のピーク(独自集計)。水位は観測所ごとの零点からの高さで、互いに比べられない

上流の支川(新谷・内子)が朝6〜8時に頂点を打ち、本川の大洲・大洲第二が12時、五郎が13時、河口の長浜が15時。 7時間かけて下っている。

河口の水位計は、洪水ではなく潮を測っている

長浜のピークが3.90mしかないのは、なぜか。 長浜観測所の年最高水位を並べると、答えが出る。

23年間の年最高水位はすべてこの帯の中(3.67〜4.73m) 0m 1m 2m 3m 4m 5m 4.73 2004年 4.49 2005年 4.10 2011年 3.80 2016年 3.90 2018年 洪水の年 3.75 2022年 3.71 2025年 長浜観測所(河口から0.82km)の年最高水位の例。大出水の年も潮なみの高さに収まる(独自集計)

図5: 長浜観測所の年最高水位。洪水の年も潮の年も、毎年3.7〜4.7mの帯に収まる(独自集計)

23年間、毎年3.67mから4.73mの間に収まっている。 そして最高値が出る時刻が、21時台か22時台か、あるいは9時台か10時台に集中している。これは潮の時刻だ。 2018年7月6日から8日の長浜の水位を1時間ずつ見ると、1.5m→3.4m→1.6mと、1日2回きれいに上下している。 洪水の日は、その波の底が持ち上がる(1.5m台だった谷が3.4m台になる)だけで、山の高さはほとんど変わらない。

河口から820mの長浜では、水位計はほとんど潮位計として働いている。だから長浜には氾濫危険水位が設定されていない。 大洲市も2024年6月に、長浜・沖浦地区の避難情報の基準地点を長浜観測所から大洲第二観測所に変更している[10][11]。 それ以前は「満潮位が3.2mを超える予想があり、満潮位の2時間前の水位」といった条件付きの基準を使っていた。

野村の水位計は、いちばん知りたい時間の記録がない

集計していて、手が止まった箇所がある。

西予市野村町の荒瀬水位観測所は、2018年7月7日6時の4.49mを最後に、7時から記録が途切れている。 再開したのは7月31日16時586時間、25日間の欠測だった[1][3]

荒瀬は野村ダムの下流、天神橋のそばにある。野村の市街地が浸水した現場のすぐ近くだ。 その日の朝から昼にかけて水位がどこまで上がったのかは、このデータベースには残っていない。

だから、「荒瀬では23年間、氾濫危険水位(旧5.0m、現5.7m)を一度も超えていない」という集計結果は そのまま読んではいけない。いちばん高かったはずの時間の値が、そもそも記録にないからだ。

同じことは大洲市大川の大川観測所にも起きている。2016年8月以降、欠測が記録の大半を占めるようになった。 有効な値が残っているのは、2019年が1,093時間、2021年が1,186時間、2022年は358時間、2023年が941時間。 1年8,760時間のうち4%しか残っていない年がある(2025年7月からは復旧している)。理由は公表資料からは分からなかった。

自由研究として数えるなら、ここは書かないといけない。数えられなかったものがある。

基準そのものが、2024年6月に動いた

ここまで「氾濫危険水位5.8m」と「7.1m」を並べて書いてきた。理由がある。 2024年(令和6年)6月1日、大洲第二の基準水位が引き上げられた。

基準大洲第二: 変更前→変更後荒瀬(野村): 変更前→変更後
水防団待機水位2.8m(据え置き)2.60m → 3.10m(+0.50m)
氾濫注意水位3.8m(据え置き)3.70m → 4.40m(+0.70m)
避難判断水位4.8m → 5.4m4.00m → 4.50m(+0.50m)
氾濫危険水位5.8m → 7.1m5.00m → 5.70m(+0.70m)

表7: 2024年6月1日の基準水位の変更[7][10]

なぜ変わったのか。市議会の答弁が理由をはっきり述べている。 2021年6月定例会では、当時の5.8mについて市がこう説明していた[13]

現在の氾濫危険水位――これが5.8メートルでございますが――は、かさ上げ前の暫定堤防の高さによるものであり、平成30年7月豪雨後に暫定堤防の一部かさ上げは完了しましたが、激特事業でのさらなるかさ上げを進めているところであり、氾濫危険水位の見直しを短時間で繰り返すと住民の方の混乱を招く

つまり5.8mは、その時点でいちばん低い堤防が越えられる高さだった。 堤防が高くなれば、危険な水位も上がる。 2025年9月定例会では、変更後についてこう答えている[14]。 「昨年度までの激特事業で堤防が完成し、ダム操作規則が変更され、この避難判断水位と氾濫危険水位が見直されたことから、 本市の高齢者等避難を発令する基準は、国土交通省と協議を行い、大洲第2水位観測所では4.8メートルから5.4メートルに引き上げた」。

この記事で「38年で5回」と数えたのは、旧基準の5.8mを38年間に当てはめた場合の回数である。 実際にその都度、避難指示が出ていたという意味ではない。 5.8m自体、いつ設定されたものかを公表資料から特定できなかった。ものさしを1本に固定して並べた、と読んでほしい。 新しい7.1mを38年間に当てはめると、超えたのは2018年7月7日の1回だけになる。

そもそも、この4つの水位は誰が決めているのか

法律の根拠は水防法にある[19]。 第12条第1項が「通報水位」(都道府県知事が定める)。第12条第2項が「警戒水位」。 第13条が「洪水特別警戒水位」で、これは国土交通大臣(または都道府県知事)が定める。 法律には「水防団待機水位」も「氾濫危険水位」も出てこない。

いまの4つの名前は、2007年(平成19年)4月19日から使われている[17]。 国土交通省河川局と気象庁が「洪水等に関する防災用語改善検討会」の提言を受け、洪水予報の発表形式を改めたときのものだ。 旧称との対応は、危険水位→氾濫危険水位、特別警戒水位→避難判断水位、警戒水位→氾濫注意水位、通報水位→水防団待機水位である。

さらに2015年(平成27年)4月1日から、各水位の位置づけが一部変わっている[18]。 2013年の災害対策基本法改正を受け、氾濫危険水位=市区町村長が避難勧告等の発令判断をするライン避難判断水位=高齢者等避難の発令判断をするラインという整理になった。

肱川の場合、区間で扱いが違うことにも注意がいる。市議会答弁によれば 「肱川は水防法により、新冨士橋付近から下流は洪水予報河川、その上流は水位周知河川」と定められている[14]。 洪水予報河川は国と気象庁が共同で洪水予報を出す川、水位周知河川は氾濫危険水位に達したことを知らせる川だ。

四国の他の川と比べると

同じものさしで、四国の主要河川の代表地点も数えてみた。 2003年から2025年までの23年間、現在設定されている基準値をそのまま当てはめ、24時間ルールで数えた結果である。

水防団待機を超えた回数 氾濫注意 氾濫危険 吉野川・岩津 41回 11回 0回 那賀川・古庄 59回 17回 7回 重信川・出合 118回 25回 1回 物部川・深渕 33回 11回 1回 仁淀川・伊野 32回 12回 1回 四万十川・具同 35回 17回 5回 肱川・大洲第二 68回 25回 1回 2003〜2025年の23年間。現在の基準値を過去にさかのぼって当てはめた独自集計(当時の発表回数ではない)

図6: 四国の主要河川で基準を超えた回数(2003〜2025年・現在の基準値で数え直した独自集計)

川・観測所水防団待機氾濫注意避難判断氾濫危険23年間の最高水位
吉野川・岩津(徳島県阿波市)41回11回1回0回7.22m(2004-10-20)
那賀川・古庄(徳島県阿南市)59回17回13回7回7.99m(2014-08-10)
重信川・出合(愛媛県松前町)118回25回2回1回5.65m(2017-09-17)
物部川・深渕(高知県香南市)33回11回2回1回4.48m(2018-07-06)
仁淀川・伊野(高知県いの町)32回12回4回1回9.21m(2005-09-06)
四万十川・具同(高知県四万十市)35回17回7回5回9.86m(2005-09-06)
肱川・大洲第二(愛媛県大洲市)68回25回4回1回8.04m(2018-07-07)

表8: 四国の主要河川の比較(2003〜2025年・独自集計)

肱川は、水防団待機水位や氾濫注意水位まで上がる頻度は四国のなかで多いほう(23年で68回・25回)だが、 現在の氾濫危険水位7.1mを超えたのは23年で1回。 この点では那賀川(7回)や四万十川(5回)よりずっと少ない。

ただしこの比較には限界がある。他の川の基準値も、途中で見直されている可能性がある。 ここで使ったのはあくまで2026年8月時点の値を過去にさかのぼって当てはめた数字で、 当時実際に「氾濫危険情報」が出た回数ではない。 重信川・出合や吉野川・岩津には、年間の1割弱が欠測の年もある。

肱川が「水位はよく上がるが、危険水位までは滅多に届かない」形になっているのは、 2024年に危険水位が5.8mから7.1mへ1.3m上がったことの影響も大きい。 旧基準5.8mで同じ23年間を数え直すと、超過は4回(2004・2005・2011・2018年)になる。

で、結局どうなったのか

平成30年7月豪雨のあと、肱川では何が変わったのか。

堤防。国が施工する区間の激特事業は16地区、合計6.9km。 令和6年3月31日時点で進捗率100%、全区間が完成した[9]。 愛媛県が施工する区間も、肱川11工区7.9kmと久米川2.5kmの計12工区令和6年5月末に完成している。 整備期間は平成30年度から令和5年度まで、総事業費は約128億円。 県は「西日本豪雨と同等の洪水を溢れることなく流下させることが可能となり、流域の治水安全度が格段に向上しました」と説明している[12]

順番が大事だ。県の堤防が5月末に完成し、その2日後の6月1日にダムの操作規則と基準水位が変わった。 堤防が先で、基準はあとからついてきている。

ダムの運用。2024年6月1日、野村ダムと鹿野川ダムの操作規則が変わった[7][8]。 国土交通省の説明はこうだ。「肱川緊急治水対策により進めていた築堤工事や河道掘削等が進捗し、 洪水時にダムから肱川へ流下させる水量が増えたことから」操作ルールを変更する。 ダムに流れ込む水が少ないうちは貯めず、増えたときに貯めることで、ダムから流す最大量を小さくする考え方に改められた。

避難情報の出し方。大洲市の発令基準も同じ日に変わった[10]。 大川・菅田は大川観測所(高齢者等避難5.2m/避難指示6.45m)、新谷は新谷観測所(2.65m/3.15m)、 肱川地区は鹿野川ダムの放流量(1,500m³/sの放流が予測されるとき)。 そして柚木から長浜・沖浦までの17地区が、大洲第二1か所(5.4m/7.1m)を見るようになった。 変更前は大洲第二が4.8m/5.8m、ダムの基準は600m³/sから1,150m³/sへ増やす連絡を受けたとき、だった。

これから。河辺川に建設中の山鳥坂ダムは、2032年度(令和14年度)の完成を目標にしている[20][21]。 完成すれば、上流でためられる水が増えるぶん、下流の水位は下がる方向に働く。 ダムそのものの規模や事業費、着工までの経緯は別の記事で扱ったので、ここでは繰り返さない。 野村ダムも、事前放流を可能にするための堤体削孔工事に2025年6月着手している。

では、同じ雨が降ったら同じ水位になるのか。 激特事業の目標は「平成30年7月洪水と同規模の降雨でも肱川から越水させない」ことだった。 堤防が完成し、河道が掘られ、ダムから流せる量が増えた分、同じ流量なら水位は下がるはずである。 ただし、市自身が議会答弁でこう続けているのが重要だ[15]。 「完成堤防になることにより外水氾濫を防ぐことはできますが、肱川本川の水位上昇や水位の上昇に伴う樋門の閉鎖等により、 これまで以上に内水対策が必要となります」。 堤防が高くなれば、堤防の内側にたまった雨水が川に出られなくなる。

そして2023年8月に変更された河川整備基本方針では、気候変動の影響を織り込み、 基準地点である大洲の目標流量を毎秒7,500立方メートルとしている[16]。 平成30年7月豪雨の大洲地点の流量が毎秒6,200立方メートル(ダム氾濫戻し)だったから、 それを2割上回る規模を想定していることになる。

「もう安全になった」ではなく、「越水しない基準が上がった」というのが、 いま起きていることの正確な言い方だと思われる。

調べても分からなかったこと

調べても分からなかったことが3つ残った。

1つめ。荒瀬観測所の2018年7月7日朝から昼の水位。586時間の欠測の中にあり、どの公表データにも残っていない。 2つめ。大川観測所の欠測が2016年から10年近く続いた理由。観測所情報にも市の資料にも説明が見つからなかった。 3つめ。旧・氾濫危険水位5.8mがいつ設定されたのか。「かさ上げ前の暫定堤防の高さによるもの」という説明までは会議録で追えたが、設定年は特定できなかった。 分かる資料をお持ちの方がいれば、教えてほしい。

数えてみて、腑に落ちたこと

38年分、33万時間の数字を並べて、いちばん腑に落ちたのは「頻度」の感覚だった。

水防団が待機する水位までは、年に3回ほど上がる。氾濫注意水位までは、年に1回強。 避難判断水位まで来るのは2年に1回あるかないか。氾濫危険水位となると、7〜8年に1回。 そして2018年7月7日の8.04mは、5回のうちの1回ではなく、明らかに別の階層にある1回だった。

もうひとつ意外だったのは、記録の欠け方だ。荒瀬の586時間の空白と、大川の10年近い虫食い。 水位計は黙って測り続けているように見えて、いちばん激しい瞬間に止まることがある。 「肱川の水位を数える」というのは、結局、測れていた時間を数えることでもあった。

そして数字は、こちらが期待するほど親切な形をしていなかった。 「毎年のように起きている」とも言えないし、「増えている」とも言えない。38年でも足りない。 言えるのは、38年に5回起きた、ということだけである。 次の1回がいつかは、この記録のどこにも書かれていない。

出典

  1. 水文水質データベース/国土交通省 www1.river.go.jp(肱川水系8観測所の時刻水位1988〜2025年分をダウンロードして集計。大洲第二の有効値33万1477時間)
  2. 水文水質観測所情報 大洲第二/国土交通省 www1.river.go.jp(零点高T.P.9.607m、2009年4月1日の零点高変更履歴)
  3. 水文水質観測所情報 荒瀬/国土交通省 www1.river.go.jp(零点高T.P.102.940m)
  4. 川の防災情報 観測所諸元 大洲第二/国土交通省 river.go.jp(4つの基準水位・計画高水位8.513m・河口から18.69km)
  5. 肱川の現状と課題(肱川水系河川整備計画変更原案)/国土交通省四国地方整備局 skr.mlit.go.jp(過去の主要洪水一覧、平成30年7月豪雨の大洲第二8.11m・流量4,442m³/s)
  6. 野村ダム・鹿野川ダムの操作に関わる情報提供等に関する検証等の場(とりまとめ)参考資料/国土交通省 skr.mlit.go.jp(2018年7月7日の実績最高水位8.11m、当時の氾濫危険水位5.80m)
  7. 令和6年6月1日から野村ダム・鹿野川ダムの操作ルールが変わります/国土交通省 肱川ダム統合管理事務所 skr.mlit.go.jp(荒瀬観測所の基準水位変更と操作ルール変更)
  8. 野村ダム操作規則等について/国土交通省 野村ダム管理所 skr.mlit.go.jp(新操作規則は令和6年6月1日より適用)
  9. 肱川河川激甚災害対策特別緊急事業 進捗状況/国土交通省 大洲河川国道事務所 skr.mlit.go.jp(国施工16地区6.9km、進捗率100%)
  10. 令和6年6月1日からの避難情報発令基準(風水害)について/大洲市 city.ozu.ehime.jp(地区別の高齢者等避難・避難指示の基準水位)
  11. 避難判断基準を見直しました(2021年5月20日更新版)/大洲市(Wayback Machine 2023年3月29日保存) web.archive.org(変更前の基準: 大洲第二4.8m/5.8m、長浜観測所の潮位条件付き基準)
  12. 肱川激特事業(県施工分)堤防完成報告会の開催結果について/愛媛県(Wayback Machine 2024年10月15日保存) web.archive.org(県施工分12工区が令和6年5月末完成、総事業費約128億円)
  13. 令和3年6月定例会 会議録3日目/大洲市議会 city.ozu.ehime.jp(氾濫危険水位5.8mは「かさ上げ前の暫定堤防の高さによるもの」との答弁)
  14. 令和7年9月定例会 会議録3日目/大洲市議会 city.ozu.ehime.jp(避難判断水位4.8m→5.4mの引き上げ、洪水予報河川と水位周知河川の区間)
  15. 令和6年3月定例会 会議録2日目/大洲市議会 city.ozu.ehime.jp(激特事業完了後の内水対策の必要性、氾濫危険水位見直しの協議)
  16. 令和7年9月定例会 会議録4日目/大洲市議会 city.ozu.ehime.jp(河川整備基本方針で基準地点大洲の流量を毎秒7,500m³に)
  17. 洪水予報の発表形式の改善について/国土交通省河川局・気象庁予報部 jma.go.jp(平成19年4月11日報道発表。4つの水位名称と旧称との対応表)
  18. 洪水時の河川水位名称について/国土交通省 京浜河川事務所 ktr.mlit.go.jp(平成27年4月1日からの各水位の位置づけ)
  19. 水防法/e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp(第12条の通報水位・警戒水位、第13条の洪水特別警戒水位の定義)
  20. 山鳥坂ダム建設事業/国土交通省 山鳥坂ダム工事事務所 skr.mlit.go.jp(堤高約96m、総貯水量2,200万m³、河辺川)
  21. 大洲・山鳥坂ダム本体工事 あす10日起工式 構想44年、2032年完成目指す/愛媛新聞ONLINE ehime-np.co.jp(2026年5月9日。本体工事起工式と2032年度完成目標)
この記事は「大洲の自由研究」シリーズの19本目です。通常の大洲ノートより 長く、専門的な内容を含みます。シリーズ一覧はこちら