大洲の自由研究 #19
肱川の水位は、1時間ごとに記録されている。その記録は、誰でも無料でダウンロードできる。 では、大洲の街の真ん中で「氾濫危険水位」を超えたのは、これまでに何回あったのか。 前もって数えたことのある人は、たぶんいない。 数えてみた。38年間で5回だった。
肱川の水位は1時間ごとに記録されとって、誰でも無料で落とせるんよ。
街の真ん中で氾濫危険水位を超えたんは、38年で5回だけやった。
2018年7月7日は、11時間で4m上がっとる。
使ったのは国土交通省の水文水質データベースだ[1]。 全国の観測所の雨量・水位・流量が、1時間ごとの値までCSVで落とせる。利用に許可はいらない。
肱川水系で「水位流量」を観測している観測所を検索すると、22か所が出てくる。 大洲市内だけでも大川、大洲、大洲第二、五郎、長浜、新谷、坊屋敷、粟津、白滝、大和、平野と並ぶ。 このうち、この記事の主役は大洲第二水位観測所にした[2]。理由は3つある。
1つめ。場所が肱川橋の下流5m、大洲の市街地のど真ん中にある。河口から18.69km。 市が避難情報を出すときの基準地点でもある[4]。 2つめ。4つの基準水位がすべて設定されている。あとで書くが、肱川の観測所には基準水位が設定されていないものも多い。 3つめ。1988年から記録がある。他の大洲市内の観測所は2003年からのものが多い。
なお、1988年より前――水位計が1時間ごとの記録を残していない時代の水害については、 江戸期からの洪水記録を年表にした別の記事にまとめたので、そちらに譲る。
集計対象にしたのは、1988年1月1日1時から2025年12月31日24時までの33万3120時間。 このうち欠測・閉局を除いた有効な値は33万1477時間(99.5%)だった。 データベースの期間指定は最大31日までしかできない。そこで1か月ずつ456回に分けてダウンロードし、 プログラムでつなぎ直して集計している。手では数えていない。
10分値でも1時間値でも、1回の出水で水位は基準を何度も行き来する。 そのまま数えると1回の洪水が何十回にもなってしまう。そこでこう決めた。
基準水位以上になった時刻から、基準を下回ったまま24時間が経過するまでを「1回の出水イベント」と数える。
この「24時間」の取り方で結果がどれだけ変わるかも確かめた。 あける時間を6時間にすると水防団待機超えは114回、12時間で111回、24時間で109回、48時間で104回、72時間で102回。 氾濫危険水位を超えた5回は、どう区切っても5回だった。 数え方の恣意性で結論が動かないことは確認できている。
もうひとつ確かめたことがある。 水位計の「0m」がどこかを示す零点高は、大洲第二では2009年4月1日に T.P. 9.380m から T.P. 9.607m に変わっている[2]。 もし記録された数値そのものが付け替えられていたら、2009年3月31日24時と4月1日1時の間に0.227mの段差ができるはずだ。 実際に見てみると、2009年3月31日24時が0.36m、4月1日1時も0.36mだった。段差はない。 量水標の目盛りの読み値としては連続しているので、38年分をそのまま並べて数えてよい、と判断した。
数える前に、基準がいくつあるのかを押さえておく必要がある。 洪水のときの水位には、下から順に4つの名前がついている。 水防団待機水位(水防団が待機を始める)、氾濫注意水位(水防団が出動する)、 避難判断水位(市町村が高齢者等避難の発令を判断する)、 氾濫危険水位(市町村が避難指示の発令を判断する)である。
肱川水系で、この基準値が実際に設定されている観測所は次のとおりだった(2026年8月時点)[4]。
| 観測所 | 河川 | 所在地 | 零点高(T.P.) | 水防団待機 | 氾濫注意 | 避難判断 | 氾濫危険 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 荒瀬 | 肱川 | 西予市野村町野村 | 102.940m | 3.1m | 4.4m | 4.5m | 5.7m |
| 大川 | 肱川 | 大洲市大川 | 26.495m | 3.3m | 4.5m | 5.2m | 6.45m |
| 大洲第二 | 肱川 | 大洲市大洲(肱川橋下流5m) | 9.607m | 2.8m | 3.8m | 5.4m | 7.1m |
| 新谷 | 矢落川 | 大洲市新谷 | 11.670m | 1.5m | 2.2m | 2.65m | 3.15m |
| 内子 | 小田川 | 内子町知清 | 46.989m | 2.5m | 3.0m | 3.5m | 3.9m |
| 五郎 | 肱川 | 大洲市東宇山 | 2.664m | 5.2m | 6.5m | (設定なし) | (設定なし) |
| 大洲 | 肱川 | 大洲市菅田町大竹 | 9.234m | (設定なし) | (設定なし) | (設定なし) | (設定なし) |
| 長浜 | 肱川 | 大洲市長浜 | −1.837m | (設定なし) | (設定なし) | (設定なし) | (設定なし) |
表1: 肱川水系の水位観測所と基準水位。大洲第二の計画高水位は8.513m[4]
ここで大事なのは、観測所によって数字がまったく違うということ。 大洲第二の3.8mと新谷の2.2mは、どちらも「氾濫注意水位」だ。 水位の数字そのものには意味がなく、その観測所の基準と比べてはじめて意味が出る。 零点高もばらばらで、長浜はマイナス1.837m。海面より下に0mがある。
図1: 肱川の水位計はどこにあるか(河口からの距離による模式図)。ダムの位置は上下流の関係だけを示した
大洲第二の1988年〜2025年、38年分を数えた結果がこれである。
| 基準 | 水位 | 出水イベント回数 | 年あたり |
|---|---|---|---|
| 水防団待機水位 | 2.8m | 109回 | 2.9回 |
| 氾濫注意水位 | 3.8m | 41回 | 1.1回 |
| 旧・避難判断水位 | 4.8m | 17回 | 0.45回 |
| 新・避難判断水位 | 5.4m | 5回 | 0.13回 |
| 旧・氾濫危険水位 | 5.8m | 5回 | 0.13回 |
| 新・氾濫危険水位 | 7.1m | 1回 | 0.03回 |
表2: 基準別の出水イベント回数(1988〜2025年・独自集計)
図2: 大洲第二の年最高水位38年分。2018年の8.04mだけが突き抜けている
38年のうち、氾濫注意水位を一度も超えなかった年が16年ある。 つまり、超えた年は22年。おおむね2年に1年は「水防団が出動する水位」まで上がらずに終わっている。
41回の出水がいつ起きたかを月で見ると、5月2回、6月8回、7月12回、8月4回、9月12回、10月3回。 11月から4月までは38年間で1回もない。
図3: 年別の出水イベント回数。0の年もめずらしくない
| 年 | 年最高水位(m) | その日 | 2.8m超の出水 | 3.8m超 | 4.8m超 | 5.8m超 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1988 | 5.19 | 6月25日 | 4 | 2 | 1 | 0 |
| 1989 | 4.84 | 9月19日 | 3 | 2 | 1 | 0 |
| 1990 | 4.55 | 9月19日 | 3 | 1 | 0 | 0 |
| 1991 | 3.53 | 7月5日 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 1992 | 3.31 | 8月8日 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 1993 | 5.30 | 7月28日 | 9 | 6 | 2 | 0 |
| 1994 | 1.69 | 7月26日 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 1995 | 5.84 | 7月4日 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 1996 | 4.58 | 7月20日 | 3 | 2 | 0 | 0 |
| 1997 | 3.95 | 9月16日 | 2 | 1 | 0 | 0 |
| 1998 | 5.20 | 10月18日 | 2 | 1 | 1 | 0 |
| 1999 | 3.71 | 6月25日 | 6 | 0 | 0 | 0 |
| 2000 | 3.31 | 6月28日 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| 2001 | 2.92 | 6月20日 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 2002 | 2.01 | 5月16日 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2003 | 3.27 | 8月14日 | 4 | 0 | 0 | 0 |
| 2004 | 6.84 | 8月31日 | 7 | 3 | 3 | 1 |
| 2005 | 6.46 | 9月6日 | 3 | 2 | 1 | 1 |
| 2006 | 3.85 | 6月23日 | 6 | 1 | 0 | 0 |
| 2007 | 3.96 | 7月7日 | 4 | 2 | 0 | 0 |
| 2008 | 2.15 | 5月29日 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2009 | 3.53 | 8月10日 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 2010 | 3.00 | 5月24日 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 2011 | 6.19 | 9月21日 | 5 | 2 | 1 | 1 |
| 2012 | 3.18 | 7月3日 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 2013 | 4.83 | 10月25日 | 2 | 2 | 1 | 0 |
| 2014 | 3.86 | 8月10日 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 2015 | 3.84 | 9月1日 | 2 | 1 | 0 | 0 |
| 2016 | 3.50 | 6月23日 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| 2017 | 5.22 | 9月17日 | 3 | 1 | 1 | 0 |
| 2018 | 8.04 | 7月7日 | 4 | 3 | 2 | 1 |
| 2019 | 3.56 | 8月16日 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 2020 | 4.99 | 7月7日 | 3 | 2 | 1 | 0 |
| 2021 | 4.10 | 7月18日 | 4 | 2 | 0 | 0 |
| 2022 | 3.74 | 9月19日 | 1 | 0 | 0 | 0 |
| 2023 | 5.26 | 7月1日 | 4 | 2 | 1 | 0 |
| 2024 | 4.25 | 5月28日 | 4 | 1 | 0 | 0 |
| 2025 | 3.10 | 8月11日 | 1 | 0 | 0 | 0 |
当時の氾濫危険水位である5.8mを超えたのは、次の5回だった。
| 日 | ピーク水位 | 5.8m以上だった時間 |
|---|---|---|
| 1995年7月4日 11時 | 5.84m | 1時間 |
| 2004年8月31日 1時 | 6.84m | 7時間 |
| 2005年9月6日 23時 | 6.46m | 6時間 |
| 2011年9月21日 1時 | 6.19m | 5時間 |
| 2018年7月7日 12時 | 8.04m | 8時間 |
表4: 旧・氾濫危険水位5.8mを超えた5回の出水(独自集計)
1995年は7月洪水(床上浸水768戸)、2004年は台風16号、2005年は台風14号、2011年は台風15号。 いずれも肱川の主要洪水として国の資料にも載っている出水だ[5]。
平成30年7月豪雨だけが特別なのか。数字はこう答える。 5回のうち4回は6.19m〜6.84mの範囲にかたまっている。2018年の8.04mだけが、そこから1.2m以上高い。 計画高水位8.513mまで、あと47cmのところまで来ていた。
なお、この8.04mは1時間ごとの記録から取った最高値である。 国土交通省が10分値などから確定させた実績最高水位は8.11m[5][6]。 1時間刻みで見ると、本当の頂点はわずかに取りこぼす。
10年ずつに切ってみた。
| 期間 | 2.8m超 | 3.8m超 | 4.8m超 | 5.8m超 | 年最高水位の平均 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1988-1997(10年) | 29回 | 15回 | 5回 | 1回 | 4.28m |
| 1998-2007(10年) | 36回 | 9回 | 5回 | 2回 | 4.15m |
| 2008-2017(10年) | 21回 | 7回 | 3回 | 1回 | 3.93m |
| 2018-2025(8年) | 23回 | 10回 | 4回 | 1回 | 4.63m |
表5: 10年区切りの出水回数(独自集計)
回数が右肩上がりに増えている、という形にはなっていない。 直近8年の年最高水位の平均がいちばん高いが、これは2018年の8.04mが1本入っているためで、 中央値でみると4.17mと、1988-1997年の4.56mより低い。 38年という長さでも、「増えている」と言い切るには足りない。ここは正直にそう書く。
大洲第二の1時間ごとの記録を、2018年7月5日から追ってみる。 7月5日18時に2.44mまで上がったあと、いったん引く。 6日9時に3.48m、10時に4.14mと一気に上がり、12時に4.59mでいったん止まる。ここまでで氾濫注意水位は超えている。 本番は翌7日だった。
図4: 2018年7月5〜7日の大洲第二の水位。点は本文の表にある時刻のみで、間は直線でつないだ
7日1時の3.95mから12時の8.04mまで、11時間で4.09m上がっている。 そして12時から20時までの8時間で4.04m下がった。上がるのも下がるのも同じくらい速い。 現在の基準である7.1mを超えていた時間は、11時から14時までの4時間だった。
各観測所のピークを並べると、水がどう下ってきたかが分かる。
| 観測所 | 河口からの距離 | 2018年7月7日のピーク | 時刻 |
|---|---|---|---|
| 荒瀬(西予市野村町) | 58.76km | 4.49m | 6時(以降欠測) |
| 大川(大洲市大川) | ― | 7.29m | 8時 |
| 新谷(矢落川) | 3.22km | 2.98m | 6時 |
| 内子(小田川) | ― | 3.55m | 8時 |
| 大洲(菅田町大竹) | 20.70km | 11.15m | 12時 |
| 大洲第二(肱川橋) | 18.69km | 8.04m | 12時 |
| 五郎(東宇山) | 12.85km | 10.74m | 13時 |
| 長浜(河口) | 0.82km | 3.90m | 15時 |
表6: 2018年7月7日の各観測所のピーク(独自集計)。水位は観測所ごとの零点からの高さで、互いに比べられない
上流の支川(新谷・内子)が朝6〜8時に頂点を打ち、本川の大洲・大洲第二が12時、五郎が13時、河口の長浜が15時。 7時間かけて下っている。
長浜のピークが3.90mしかないのは、なぜか。 長浜観測所の年最高水位を並べると、答えが出る。
図5: 長浜観測所の年最高水位。洪水の年も潮の年も、毎年3.7〜4.7mの帯に収まる(独自集計)
23年間、毎年3.67mから4.73mの間に収まっている。 そして最高値が出る時刻が、21時台か22時台か、あるいは9時台か10時台に集中している。これは潮の時刻だ。 2018年7月6日から8日の長浜の水位を1時間ずつ見ると、1.5m→3.4m→1.6mと、1日2回きれいに上下している。 洪水の日は、その波の底が持ち上がる(1.5m台だった谷が3.4m台になる)だけで、山の高さはほとんど変わらない。
河口から820mの長浜では、水位計はほとんど潮位計として働いている。だから長浜には氾濫危険水位が設定されていない。 大洲市も2024年6月に、長浜・沖浦地区の避難情報の基準地点を長浜観測所から大洲第二観測所に変更している[10][11]。 それ以前は「満潮位が3.2mを超える予想があり、満潮位の2時間前の水位」といった条件付きの基準を使っていた。
集計していて、手が止まった箇所がある。
西予市野村町の荒瀬水位観測所は、2018年7月7日6時の4.49mを最後に、7時から記録が途切れている。 再開したのは7月31日16時。586時間、25日間の欠測だった[1][3]。
荒瀬は野村ダムの下流、天神橋のそばにある。野村の市街地が浸水した現場のすぐ近くだ。 その日の朝から昼にかけて水位がどこまで上がったのかは、このデータベースには残っていない。
だから、「荒瀬では23年間、氾濫危険水位(旧5.0m、現5.7m)を一度も超えていない」という集計結果は そのまま読んではいけない。いちばん高かったはずの時間の値が、そもそも記録にないからだ。
同じことは大洲市大川の大川観測所にも起きている。2016年8月以降、欠測が記録の大半を占めるようになった。 有効な値が残っているのは、2019年が1,093時間、2021年が1,186時間、2022年は358時間、2023年が941時間。 1年8,760時間のうち4%しか残っていない年がある(2025年7月からは復旧している)。理由は公表資料からは分からなかった。
自由研究として数えるなら、ここは書かないといけない。数えられなかったものがある。
ここまで「氾濫危険水位5.8m」と「7.1m」を並べて書いてきた。理由がある。 2024年(令和6年)6月1日、大洲第二の基準水位が引き上げられた。
| 基準 | 大洲第二: 変更前→変更後 | 荒瀬(野村): 変更前→変更後 |
|---|---|---|
| 水防団待機水位 | 2.8m(据え置き) | 2.60m → 3.10m(+0.50m) |
| 氾濫注意水位 | 3.8m(据え置き) | 3.70m → 4.40m(+0.70m) |
| 避難判断水位 | 4.8m → 5.4m | 4.00m → 4.50m(+0.50m) |
| 氾濫危険水位 | 5.8m → 7.1m | 5.00m → 5.70m(+0.70m) |
なぜ変わったのか。市議会の答弁が理由をはっきり述べている。 2021年6月定例会では、当時の5.8mについて市がこう説明していた[13]。
現在の氾濫危険水位――これが5.8メートルでございますが――は、かさ上げ前の暫定堤防の高さによるものであり、平成30年7月豪雨後に暫定堤防の一部かさ上げは完了しましたが、激特事業でのさらなるかさ上げを進めているところであり、氾濫危険水位の見直しを短時間で繰り返すと住民の方の混乱を招く
つまり5.8mは、その時点でいちばん低い堤防が越えられる高さだった。 堤防が高くなれば、危険な水位も上がる。 2025年9月定例会では、変更後についてこう答えている[14]。 「昨年度までの激特事業で堤防が完成し、ダム操作規則が変更され、この避難判断水位と氾濫危険水位が見直されたことから、 本市の高齢者等避難を発令する基準は、国土交通省と協議を行い、大洲第2水位観測所では4.8メートルから5.4メートルに引き上げた」。
この記事で「38年で5回」と数えたのは、旧基準の5.8mを38年間に当てはめた場合の回数である。 実際にその都度、避難指示が出ていたという意味ではない。 5.8m自体、いつ設定されたものかを公表資料から特定できなかった。ものさしを1本に固定して並べた、と読んでほしい。 新しい7.1mを38年間に当てはめると、超えたのは2018年7月7日の1回だけになる。
法律の根拠は水防法にある[19]。 第12条第1項が「通報水位」(都道府県知事が定める)。第12条第2項が「警戒水位」。 第13条が「洪水特別警戒水位」で、これは国土交通大臣(または都道府県知事)が定める。 法律には「水防団待機水位」も「氾濫危険水位」も出てこない。
いまの4つの名前は、2007年(平成19年)4月19日から使われている[17]。 国土交通省河川局と気象庁が「洪水等に関する防災用語改善検討会」の提言を受け、洪水予報の発表形式を改めたときのものだ。 旧称との対応は、危険水位→氾濫危険水位、特別警戒水位→避難判断水位、警戒水位→氾濫注意水位、通報水位→水防団待機水位である。
さらに2015年(平成27年)4月1日から、各水位の位置づけが一部変わっている[18]。 2013年の災害対策基本法改正を受け、氾濫危険水位=市区町村長が避難勧告等の発令判断をするライン、 避難判断水位=高齢者等避難の発令判断をするラインという整理になった。
肱川の場合、区間で扱いが違うことにも注意がいる。市議会答弁によれば 「肱川は水防法により、新冨士橋付近から下流は洪水予報河川、その上流は水位周知河川」と定められている[14]。 洪水予報河川は国と気象庁が共同で洪水予報を出す川、水位周知河川は氾濫危険水位に達したことを知らせる川だ。
同じものさしで、四国の主要河川の代表地点も数えてみた。 2003年から2025年までの23年間、現在設定されている基準値をそのまま当てはめ、24時間ルールで数えた結果である。
図6: 四国の主要河川で基準を超えた回数(2003〜2025年・現在の基準値で数え直した独自集計)
| 川・観測所 | 水防団待機 | 氾濫注意 | 避難判断 | 氾濫危険 | 23年間の最高水位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 吉野川・岩津(徳島県阿波市) | 41回 | 11回 | 1回 | 0回 | 7.22m(2004-10-20) |
| 那賀川・古庄(徳島県阿南市) | 59回 | 17回 | 13回 | 7回 | 7.99m(2014-08-10) |
| 重信川・出合(愛媛県松前町) | 118回 | 25回 | 2回 | 1回 | 5.65m(2017-09-17) |
| 物部川・深渕(高知県香南市) | 33回 | 11回 | 2回 | 1回 | 4.48m(2018-07-06) |
| 仁淀川・伊野(高知県いの町) | 32回 | 12回 | 4回 | 1回 | 9.21m(2005-09-06) |
| 四万十川・具同(高知県四万十市) | 35回 | 17回 | 7回 | 5回 | 9.86m(2005-09-06) |
| 肱川・大洲第二(愛媛県大洲市) | 68回 | 25回 | 4回 | 1回 | 8.04m(2018-07-07) |
表8: 四国の主要河川の比較(2003〜2025年・独自集計)
肱川は、水防団待機水位や氾濫注意水位まで上がる頻度は四国のなかで多いほう(23年で68回・25回)だが、 現在の氾濫危険水位7.1mを超えたのは23年で1回。 この点では那賀川(7回)や四万十川(5回)よりずっと少ない。
ただしこの比較には限界がある。他の川の基準値も、途中で見直されている可能性がある。 ここで使ったのはあくまで2026年8月時点の値を過去にさかのぼって当てはめた数字で、 当時実際に「氾濫危険情報」が出た回数ではない。 重信川・出合や吉野川・岩津には、年間の1割弱が欠測の年もある。
肱川が「水位はよく上がるが、危険水位までは滅多に届かない」形になっているのは、 2024年に危険水位が5.8mから7.1mへ1.3m上がったことの影響も大きい。 旧基準5.8mで同じ23年間を数え直すと、超過は4回(2004・2005・2011・2018年)になる。
平成30年7月豪雨のあと、肱川では何が変わったのか。
堤防。国が施工する区間の激特事業は16地区、合計6.9km。 令和6年3月31日時点で進捗率100%、全区間が完成した[9]。 愛媛県が施工する区間も、肱川11工区7.9kmと久米川2.5kmの計12工区が令和6年5月末に完成している。 整備期間は平成30年度から令和5年度まで、総事業費は約128億円。 県は「西日本豪雨と同等の洪水を溢れることなく流下させることが可能となり、流域の治水安全度が格段に向上しました」と説明している[12]。
順番が大事だ。県の堤防が5月末に完成し、その2日後の6月1日にダムの操作規則と基準水位が変わった。 堤防が先で、基準はあとからついてきている。
ダムの運用。2024年6月1日、野村ダムと鹿野川ダムの操作規則が変わった[7][8]。 国土交通省の説明はこうだ。「肱川緊急治水対策により進めていた築堤工事や河道掘削等が進捗し、 洪水時にダムから肱川へ流下させる水量が増えたことから」操作ルールを変更する。 ダムに流れ込む水が少ないうちは貯めず、増えたときに貯めることで、ダムから流す最大量を小さくする考え方に改められた。
避難情報の出し方。大洲市の発令基準も同じ日に変わった[10]。 大川・菅田は大川観測所(高齢者等避難5.2m/避難指示6.45m)、新谷は新谷観測所(2.65m/3.15m)、 肱川地区は鹿野川ダムの放流量(1,500m³/sの放流が予測されるとき)。 そして柚木から長浜・沖浦までの17地区が、大洲第二1か所(5.4m/7.1m)を見るようになった。 変更前は大洲第二が4.8m/5.8m、ダムの基準は600m³/sから1,150m³/sへ増やす連絡を受けたとき、だった。
これから。河辺川に建設中の山鳥坂ダムは、2032年度(令和14年度)の完成を目標にしている[20][21]。 完成すれば、上流でためられる水が増えるぶん、下流の水位は下がる方向に働く。 ダムそのものの規模や事業費、着工までの経緯は別の記事で扱ったので、ここでは繰り返さない。 野村ダムも、事前放流を可能にするための堤体削孔工事に2025年6月着手している。
では、同じ雨が降ったら同じ水位になるのか。 激特事業の目標は「平成30年7月洪水と同規模の降雨でも肱川から越水させない」ことだった。 堤防が完成し、河道が掘られ、ダムから流せる量が増えた分、同じ流量なら水位は下がるはずである。 ただし、市自身が議会答弁でこう続けているのが重要だ[15]。 「完成堤防になることにより外水氾濫を防ぐことはできますが、肱川本川の水位上昇や水位の上昇に伴う樋門の閉鎖等により、 これまで以上に内水対策が必要となります」。 堤防が高くなれば、堤防の内側にたまった雨水が川に出られなくなる。
そして2023年8月に変更された河川整備基本方針では、気候変動の影響を織り込み、 基準地点である大洲の目標流量を毎秒7,500立方メートルとしている[16]。 平成30年7月豪雨の大洲地点の流量が毎秒6,200立方メートル(ダム氾濫戻し)だったから、 それを2割上回る規模を想定していることになる。
「もう安全になった」ではなく、「越水しない基準が上がった」というのが、 いま起きていることの正確な言い方だと思われる。
調べても分からなかったことが3つ残った。
1つめ。荒瀬観測所の2018年7月7日朝から昼の水位。586時間の欠測の中にあり、どの公表データにも残っていない。 2つめ。大川観測所の欠測が2016年から10年近く続いた理由。観測所情報にも市の資料にも説明が見つからなかった。 3つめ。旧・氾濫危険水位5.8mがいつ設定されたのか。「かさ上げ前の暫定堤防の高さによるもの」という説明までは会議録で追えたが、設定年は特定できなかった。 分かる資料をお持ちの方がいれば、教えてほしい。
38年分、33万時間の数字を並べて、いちばん腑に落ちたのは「頻度」の感覚だった。
水防団が待機する水位までは、年に3回ほど上がる。氾濫注意水位までは、年に1回強。 避難判断水位まで来るのは2年に1回あるかないか。氾濫危険水位となると、7〜8年に1回。 そして2018年7月7日の8.04mは、5回のうちの1回ではなく、明らかに別の階層にある1回だった。
もうひとつ意外だったのは、記録の欠け方だ。荒瀬の586時間の空白と、大川の10年近い虫食い。 水位計は黙って測り続けているように見えて、いちばん激しい瞬間に止まることがある。 「肱川の水位を数える」というのは、結局、測れていた時間を数えることでもあった。
そして数字は、こちらが期待するほど親切な形をしていなかった。 「毎年のように起きている」とも言えないし、「増えている」とも言えない。38年でも足りない。 言えるのは、38年に5回起きた、ということだけである。 次の1回がいつかは、この記録のどこにも書かれていない。
出典