大洲の自由研究 #05
このシリーズの1本目で、「大洲はモデル都市第1号というより、8番目以降の適用例だろう」と書いた。 あの推測が正しかったのかを確かめるため、全国8つのNIPPONIA HOTELの 開業年・棟数・客室数・立地する市の人口を、1つずつ調べて横並びにしてみた。 結果は、正直に言うと予想と違った。
NIPPONIA HOTELの8施設を、開業年と棟数と客室数で横に並べてみたんよ。
そしたら、客室数では大洲が1位やった。
開業から3年で31室。篠山は10年で19室。
このシリーズの1本目「大洲城下町、12億円はどこから来たのか」で、バリューマネジメント株式会社(以下VMC)が展開するNIPPONIA HOTELについて「全国8都市以上で展開されている」と書いた[1]。
そのうえで、大洲は「このモデルの8番目以降の適用例である可能性の方が高い」と推測した。
今回、その裏を取るために1施設ずつ公式情報を確認していったところ、この書き方は2つの意味で不正確だったことが分かった。
1つは数字の話、もう1つはもっと根本的な、ブランドの構造の話だ。まずそこから整理したい。
混乱の原因は、「NIPPONIA」という言葉が2つの違うものを指していることにある。
一般社団法人ノオト/株式会社NOTEが持つブランドで、全国に展開する古民家再生プロジェクトの総称。公式サイトのエリア一覧には、大洲・篠山・佐原・竹原などに加えて、小松・新潟古町・佐渡相川・美山鶴ヶ岡・やんばる・出雲・美濃など、32のエリアが並んでいる(旧プロジェクトを除く)。運営主体はエリアごとに異なる。
大洲城下町のホテルを運営しているVMCが手がける分散型ホテル。VMGブランドの施設一覧で確認すると、8施設ある。函館・秩父・佐原・伊賀上野・伊勢河崎・篠山・竹原・大洲の8つだ。
つまり「NIPPONIAは全国8都市」というのは、正確には「VMCが運営するNIPPONIA HOTELが8施設」ということだった。
ブランドとしてのNIPPONIAは32エリアあり、そちらは規模も運営主体もバラバラだ。
「NIPPONIA」という名前だけを数えると32エリア、VMCが運営する施設だけを数えると8施設。この2つは分けて数える必要がある。
ややこしいのは、VMCが運営する施設のなかにも、NIPPONIAを名乗らないものがあることだ。
たとえば兵庫県朝来市の「竹田城 城下町 ホテルEN」は、NIPPONIAのエリア一覧には「竹田」として載っているのに、VMGの施設一覧では「ホテルEN」という別ブランドで扱われている。
同様に、福岡県八女市の「風の八女福島」や奈良県の「風の ならまち」も、NIPPONIAのエリア一覧では旧プロジェクトとして扱われている。
ブランドの境界線は、外から見ているほどきれいには引かれていない。
8施設それぞれについて、開業年月・棟数・客室数を公式サイトとプレスリリースで確認し、 あわせて立地する市の人口(2026年1月1日時点の住民基本台帳、日本人住民)を並べた[2][3]。 それが次の表になる。
| 施設名 | 所在地 | 開業 | 棟数 | 客室数 | 市の人口 |
|---|---|---|---|---|---|
| 篠山城下町ホテル NIPPONIA | 兵庫県丹波篠山市 | 2015年10月3日 | 7棟 | 19室 | 37,421 |
| 佐原商家町ホテル NIPPONIA | 千葉県香取市 | 2018年 | 8棟 | 13室 | 66,681 |
| NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町 | 広島県竹原市 | 2019年 | 3棟 | 10室 | 21,624 |
| NIPPONIA HOTEL 伊賀上野 城下町 | 三重県伊賀市 | 2020年 | — | 10室 | 77,015 |
| NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町 | 愛媛県大洲市 | 2020年7月23日 | 26棟 | 31室 | 37,797 |
| NIPPONIA HOTEL 函館 港町 | 北海道函館市 | 2021年4月16日 | 1棟 | 9室 | 230,574 |
| NIPPONIA 秩父 門前町 | 埼玉県秩父市 | 2022年8月5日 | 3棟 | 8室 | 55,377 |
| NIPPONIA HOTEL 伊勢河崎 商人町 | 三重県伊勢市 | 2025年4月 | 6棟 | 8室 | 115,738 |
表を作ってみて最初に気づいたのは、大洲だけが数字の桁が違うということだった。
26棟31室。他の7施設は、多いところでも8棟19室で、ほとんどが10室前後の小さな宿だ。
客室数の順に並べ替えてグラフにすると、この差はもっとはっきりする。
図1: 8施設の客室数比較。大洲が31室で最大、2位の篠山(19室)の約1.6倍にあたる
大洲城下町のNIPPONIA HOTELは、VMCが運営する8施設のなかで最大規模だった。
2位の篠山(19室)の約1.6倍、最も小さい秩父・伊勢河崎(8室)の約3.9倍。
8施設の合計は108室なので、大洲だけで全体の約29%を占めていることになる。
これは1本目の記事で書いた「8番目以降の適用例」という推測と、かなりずれた結果だ。
展開の順番としては5番目だが、規模としては1番目。「他所でうまくいった型を、後から大洲にも当てはめた」という理解では、この規模の突出を説明できない。
では、なぜ大洲だけがこの規模になったのか。手がかりは、拡大のスピードにある。
篠山城下町ホテル NIPPONIAは、2015年10月3日に4棟11室で開業した。
2026年で開業10周年を迎えているが、現在は7棟19室。10年かけて8室増やした計算になる[4]。
一方の大洲は、2020年7月23日に7棟11室で開業した。奇しくも篠山の開業時とまったく同じ11室からのスタートだ。
そして2023年7月15日に4棟4室の新棟をオープンした時点で、26棟31室に達している。
VMCのプレスリリースは、この経緯を「3年間で26棟の歴史的建造物が31室のホテルへと再生」という見出しで発表している[5]。
図2: 篠山と大洲の拡大ペースの比較。各社プレスリリースの公表値をもとに作成
年あたりに直すと、篠山が年0.8室ペースなのに対し、大洲は年6.7室ペース。
約8倍の速さで客室を増やしてきたことになる。同じ事業者が同じモデルで手がけているのに、これだけスピードが違う。
なぜこうなったのか。1本目の記事で見た資金の構造が、答えの一部だと思う。
大洲の城下町再生には、内閣府の地方創生推進交付金、国土交通省の社会資本整備総合交付金、経済産業省の地域未来投資促進法という3省庁の制度が組み合わされ、総事業費約12億円が投じられた[1]。
さらに市が資本金2,000万円を出資してキタ・マネジメントを設立し、金融機関5行と大洲まちづくりファンド、MINTO機構が改修資金を供給する体制が組まれている。
篠山が民間主導で1棟ずつ積み上げてきたのに対し、大洲は最初から「まとめて改修する」ための資金調達の枠組みを用意して始めた。
その差が、このスピードの差になって表れている、という読み方ができる。
調べていて、もう1つ意外だったことがある。 フラッグシップである篠山と、規模で1位の大洲は、ほぼ同じ人口の街だった。
| 市 | 人口(2026年1月1日) | 世帯数 | 客室数 |
|---|---|---|---|
| 北海道 函館市 | 230,574 | 135,706 | 9室 |
| 三重県 伊勢市 | 115,738 | 55,273 | 8室 |
| 三重県 伊賀市 | 77,015 | 36,331 | 10室 |
| 千葉県 香取市 | 66,681 | 30,251 | 13室 |
| 埼玉県 秩父市 | 55,377 | 25,501 | 8室 |
| 愛媛県 大洲市 | 37,797 | 18,901 | 31室 |
| 兵庫県 丹波篠山市 | 37,421 | 17,012 | 19室 |
| 広島県 竹原市 | 21,624 | 11,442 | 10室 |
大洲市37,797人、丹波篠山市37,421人。その差はわずか376人だ。
8施設のなかで、この2つは人口規模でも隣り合っている。そして片方はNIPPONIA事業の発祥地であり、もう片方は最大規模の施設を持っている。
「篠山をモデルにした」という大洲の資料の記述は、規模の面でも実は自然な選択だったことになる。
逆に目を引くのが函館市だ。人口230,574人と、大洲の6倍以上の都市でありながら、NIPPONIA HOTELは1棟9室のオーベルジュにとどまっている。
明治期のレンガ倉庫を改修した、伝統的建造物群保存地区のなかの1棟だ。都市の規模と施設の規模は、まったく比例していない。
都市の規模を揃えて比べるために、客室数を人口で割ってみた。「人口1万人あたり何室のNIPPONIAがあるか」という指標だ。
街のなかでこの事業がどれくらいの存在感を持っているかの目安になる。
| 順位 | 市 | 客室数 | 人口 | 人口1万人あたり |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 大洲市 | 31室 | 37,797 | 8.20室 |
| 2 | 丹波篠山市 | 19室 | 37,421 | 5.08室 |
| 3 | 竹原市 | 10室 | 21,624 | 4.62室 |
| 4 | 香取市 | 13室 | 66,681 | 1.95室 |
| 5 | 秩父市 | 8室 | 55,377 | 1.44室 |
| 6 | 伊賀市 | 10室 | 77,015 | 1.30室 |
| 7 | 伊勢市 | 8室 | 115,738 | 0.69室 |
| 8 | 函館市 | 9室 | 230,574 | 0.39室 |
ここでも大洲が1位になる。しかも2位の丹波篠山の1.6倍、最下位の函館の21倍だ。
8つの街のなかで、大洲がいちばん「NIPPONIA濃度」が高いということになる。
これは良し悪しの話ではなく、事実の記述として重要だと思う。函館や伊勢では、NIPPONIA HOTELは数あるホテルの1つにすぎない。
街の観光の性格を左右するほどの存在ではないだろう。一方、大洲では26棟の歴史的建造物がこの事業に組み込まれている。
城下町の町並みそのものが、この事業と切り離せない関係になっている。
良くも悪くも、大洲は8都市のなかで最もこの事業に賭けている街だと言える。
「地域の反応の違い」を比べようとして、正直、いちばん苦労したのがここだった。
各都市の住民がこの事業をどう受け止めているかを示すデータを探したのだが、8都市のうち7都市については、比較できる形の資料を見つけられなかった。
唯一の例外が大洲だ。キタ・マネジメントが公表している令和7年度実績報告には、 「住民満足度」という項目があり、数字が年度ごとに並んでいる[6]。
| 年度 | 住民満足度 | 宿泊者数 | うちインバウンド | 観光消費額 |
|---|---|---|---|---|
| 令和5年度 | 88.2% | 115,740人 | 1,100人 | 24.0億円 |
| 令和6年度 | 93.0% | 117,386人 | 2,318人 | 33.3億円 |
| 令和7年度 | 88.4% | 118,013人 | 5,263人 | 33.8億円 |
観光地域づくり法人が、自分たちの活動について住民満足度という指標を掲げ、しかもそれが前年から約5ポイント下がった年もそのまま公表している。
これは、比較対象が見つからなかったからこそ言えることだが、かなり誠実な情報公開のあり方だと思う。
他の7都市で同じような指標が公表されているかを探したが、見つけられなかった。
せっかく数字があるので、大洲の実績をもう少し読んでおきたい。
いちばん伸びているのはインバウンド宿泊者数だ。1,100人→2,318人→5,263人と、2年で約4.8倍。
令和7年度は目標2,000人に対して実績5,263人、達成率263%と大幅に上回っている。観光消費額も24.0億円から33.8億円へと伸びた。
一方で、全体の宿泊者数はほぼ横ばいだ。115,740人→117,386人→118,013人。
市が掲げていた宿泊者数14万人という目標に対して、実績は84%にとどまっている。
報告書では、市内宿泊施設への聞き取りで「労働者確保が困難で、すべての部屋を運営できていない」ことが伸び悩みの主因として挙げられている。
これは示唆的な数字だと思う。26棟31室という全国最大規模の分散型ホテルを整備しても、それを回す人がいなければ客室は埋まらない。
人口37,797人、しかも21年間で26%減り続けてきた街で、観光産業の担い手をどう確保するか。
ハードの整備が全国1位のペースで進んだからこそ、次のボトルネックが人になっている、という構図が見える。
なお、大洲が2022年に「持続可能な観光地2022年TOP100選」に選ばれ、グリーン・デスティネーションズの「ストーリーアワード」で文化・伝統保全部門の世界1位を受賞したことは、VMCのプレスリリースでも強調されている[5]。
国際的な評価という点でも、8都市のなかで大洲は突出している。
この記事の限界を、正直に書いておく。
1つ目。各施設の収益性・稼働率はまったく分からなかった。VMCは非上場企業で、施設別の売上や利益は公表していない。
「大洲が最大規模」という事実は確認できたが、それが事業として最も成功しているかどうかは、この記事では判断できない。規模が大きいことは、投資額が大きいことでもある。
2つ目。大洲以外の7都市について、地域の反応を示す資料を見つけられなかった。
当初は「地域の反応の違い」を比較軸の1つにするつもりだったが、比較可能なデータが大洲にしか存在しなかった。
各地の新聞記事や自治体の資料を探したが、住民の受け止めを定量的に示したものは見当たらなかった。
ここは無理に個人ブログや口コミを並べて「反応」を作文するより、見つからなかったと書くべきところだと判断した。
3つ目。佐原と竹原の正確な開業年月日を特定できなかった。それぞれ2018年、2019年という年までは複数の情報源で一致したが、月日まで明記した公式発表を確認できなかった。
表では年のみ記載している。また伊賀上野の棟数も、公式サイトが「町全体をホテルに」というコンセプトの記述にとどまり、具体的な棟数を確認できなかった。
4つ目。各施設の客室数は時点によって変わる。大洲が3年で11室から31室になったように、この事業は棟を追加していく性質を持つ。
この記事の数字は2026年8月時点で各公式サイトが掲げている値であり、来年には別の順位になっている可能性がある。
最初の問い——「大洲は成功例の中で何番目くらいの規模か」——に、数字で答える。
①展開の順番では5番目。篠山(2015)、佐原(2018)、竹原(2019)、伊賀上野(2020)に続き、大洲は2020年7月に開業した。
函館(2021)、秩父(2022)、伊勢河崎(2025)より早い。
展開の順番でいえば、大洲は後発ではない。8施設のうち、前半の5番目に入っている。
②客室数では1番目。26棟31室は、8施設のなかで最大。 2位の篠山19室の約1.6倍で、8施設の総客室数108室の約29%を占める。
③人口あたりの濃さでも1番目。人口1万人あたり8.20室は、 2位の丹波篠山(5.08室)の1.6倍、最下位の函館(0.39室)の21倍。
④拡大のスピードでも群を抜く。篠山が10年で11室から19室になったのに対し、 大洲は3年で11室から31室へ。年あたりのペースで約8倍だ。
1本目の記事を書いたとき、私は「大洲は、確立済みモデルの後発の適用例だろう」と考えていた。
その見立ては、順番については当たっていたが、規模については完全に外れていた。
実際には、大洲は8都市のなかで最も大きく、最も速く、最も街に深く組み込まれた事例だった。
これをどう評価するかは、この記事の役割ではないと思う。「全国最大規模を、篠山と同じ人口の街が担っている」という事実は、誇らしくもあり、同時に、それだけ多くを1つの事業に賭けているということでもある。
宿泊者数が目標の84%にとどまり、その理由が「人手が足りず全室を回せない」ことだった、という令和7年度の報告は、その両面を同時に示していると思う。規模の話は、ここで終わりではなく、たぶんここから始まる。
出典